第33話 疾風怒濤 その7


 突撃する俺たちに、敵から魔法と矢が飛んできた。混戦状態こんせんじょうたいだから遠距離攻撃はないと思っていたのだが、敵も必死のようだ。だが、このような攻撃はあまり意味がない。だって騎士も馬もフルプレートアーマーを着ているのだ。

 しかも、こいつらの実家は金持ちである。よろいだってアンチマジック仕様の高級品だから、被弾ひだんしても威力を軽減してしまうのだ。さすがに無傷というわけにはいかないが、直撃を食らわない限り即死はない。

 命を落とすのはむしろ敵である傭兵の方だった。背中から撃たれた奴らは混乱して、組織的な抵抗もできなくなっている。

「勝機だぞ、本陣を落とせ!」

「おう、兄上様!」

 兄上って呼ばれるとやる気がなくなるなぁ……。俺を乗せているシルバーシップもバカにするように笑っている。

「ブルル!(何度聞いてもうける!)」

 目の前で味方からの矢を脳天に食らった傭兵が倒れた。きっと即死だっただろう。すると、ときを置かずに大地がぐらぐらとれ出した。敵も味方も立っていられないほどの強い揺れだ。

 あちらこちらで叫び声が上がっている。村の建物にも被害が出ているようで、大きな音を立てて家がいくつも倒壊とうかいしていた。

「ヒーン?(なにごと?)」

 シルバーはすかさず翼を具現化ぐげんかして空中に躍り上がった。

「あそこだ。敵の本陣に禍々まがまがしい魔力が集まってきている。噂に聞いていた悪魔降ろしの儀式を完成させたな」

 俺は浮足立うきあしだった見方に声をかける。

「全員落ち着け。密集隊形で防御を厚くするんだ!」

 大地の揺れは収まりつつある。儀式がどうなったのか気になるところだが、騎士たちを放って見に行くわけにもいかない。敵中にある騎馬隊は方向転換が苦手なので、とにかく進まなくてはならないのだ。

「本陣まではもう少しだ。ガイアのご加護があらんことを!」

 俺は槍の穂先を光魔法で光らせた。カクテルを使って光の帯が八方向に延びる演出付きだ。これは神聖魔法でも付与魔法でもなく、何となく荘厳そうごんな雰囲気をかもし出すだけの見せかけ魔法にすぎない。それでも、騎士たちの士気は上がった。

「おお……、ガイアのご加護があらんことをっ!」

「兄上様と共に参らん!」

「神は我らに味方してくれるぞ!」

 うーん、それはわからないけど、まあ、頑張ろう。神様が何を考えているかなんて、神官の俺にだってわからない。わかるわけがないとも思う。やる気になってくれればそれでいいだろう。

「ヒヒン、ヒーン!(あんたたち、しっかりと私についてくるんだよ!)」

 馬たちにはシルバーが気合を入れてくれている。敵の本陣まではもうあとわずかだ。傭兵団長を討ち取ればこちらの勝ちはまちがいない。俺たちは再び進撃を開始した。



 敵の後方から俺たちに向かって走り迫る男がいた。身長は3メートルを優に超える巨体なのだが、身のこなしがやけに素早い。頭から角が生えているけど、あれは人間という認識で合っているのか? 

「前方の巨人に向けて一斉魔法攻撃! 用意! ……………………撃てっ!」

 俺の命令に反応して20人以上の騎士たちが攻撃魔法を放った。地水火風の四大魔法が色とりどりの光を放ちながら巨人を襲う。ところが、人間をやめてしまったそいつは腕の一振りで飛来する魔法を蹴散らしてしまった。

「なっ!? 攻撃魔法が弾かれただと!?」

「そんなバカなっ!?」

 騎士たちは目の前で起きた光景が信じられないようだ。

「魔力と闘気を腕にまとわせて魔法をはじいたようだ。と、説明は簡単にできるけど、あの量の魔法攻撃をはじくとはまさに化け物だな」

「兄上様、落ち着いていらっしゃるのは良いことだと思いますが、どうしますか?」

 突撃隊の副隊長に抜擢ばってきしたズコット・フィッチャーが不安そうに尋ねてくる。騎士たちの練度も上がってきているが、あの化け物にマトモに当たったら犠牲者が出てしまうな……。

「よし、みんなで傭兵団長を討ち取るのは中止だ」

「中止ですか?」

「そうだ、みんなじゃなくて俺が一人で行ってくる」

「お一人で!?」

「突撃隊はフィッチャーに任せるから、化け物から逸れる軌道で敵の背後へ駆け抜けるんだ」

 フィッチャーは重々おもおもしく頷いた。

「必ずやり遂げてみせます!」

 フィッチャーは一人で100人の敵に突っ込むような無茶もしたけど、肝は据わっている。実力も伴っているから任せても大丈夫だろう。

 それにしても甲冑が邪魔だな。騎士たちの士気を上げようと装着したけど、個人戦ではない方がいい。

「リーン!」

 一緒に突撃隊に参加していたリーンを呼ぶと、すぐに馬を寄せてきた。彼女の鎧も剣も血に染まっていた。

「すまないが、後ろに乗って俺の甲冑を脱がせてくれ。あの化け物を討ち取る」

 こんな重たいものを付けていたら満足に動けない。

「了解っス! でも脱がせてくれだなんて、戦場じゃなくてベッドの上で言われたいセリフですね」

 くだらないことを言いながらも、リーンは軽々とシルバーの背中へ飛び移ってきた。それと同時に俺はシルバーに頼む。

「シルバー、あの化け物のところまで飛んでくれ」

 賢いシルバーは俺が奴に一騎打ちを仕掛けることを理解して飛び上がった。

「さあ、脱ぎ脱ぎちまちょうねー」

 ふざけた口調ながらリーンはてきぱきと背中の留め金を外していく。その間もシルバーは飛び続け、化け物の真上までやってきた。俺たちの存在には気づいているようで、顔を上げてこちらを見ている。その方が都合がはいい。騎士団の方に行かれては困るのだ。

 俺は脱いだ兜を投げつけて挑発した。

「少し待っていろ、今相手をしに下りていくからなっ!」

「ぐぬう……。貴様は天馬騎士ペガサスライダーか?」

 天馬騎士団は神殿でもエリート中のエリートだ。

「打診はあったが断った! あんな忙しい部門に配属されたらノイローゼになるからな。ところで、お前が黒葬傭兵団の団長か?」

 角を生やした大男は楽しそうに頷いた。

「その通り、俺が黒葬傭兵団の団長、ロイムだ。そういう貴様は聖百合十字騎士団の騎士団長か?」

「いや、俺は聖百合十字騎士団付きの酒保商人だ」

「酒保商人……だと?」

「騎士団の兄上様だよ」

「兄上様?」

「リーン、話を混ぜ返すなよ。混乱するだろう」

 くだらない会話で時間を稼ぎ、ようやくすべての防具を外すことができた。

「ふぅ、これでまともに動けそうだ。行ってくるよ」

 俺はシルバーシップから飛び降りて、傭兵団長に対峙した。

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