第32話 疾風怒濤 その6


 戦端せんたん定石通じょうせきどおり遠距離攻撃の応酬おうしゅうから切って落とされた。弓矢と魔法が曇り空の下で飛び交っている。傭兵団の数は騎士団の四倍もいたけれど、俺たちは村を取り囲む石壁を盾にして戦えるので、今のところ互角以上の戦いができている。

 また、治癒魔法が使える騎士がいるというのも大きい。治癒魔法が使えれば楽に稼ぐことができるから、危険と隣り合わせの傭兵になるやつは滅多にいない。そんなのは罪を犯して街に居られなくなったような治癒師くらいだ。負傷者が出てもすぐに治療できるのは聖百合十字騎士団の強みだった。


 俺はやぐらの上に立って、じっと戦況を見守っていた。だれにでも弱点があるように、俺にも不得意の分野というものはある。それが放出系の魔法だ。俺は身体能力は優れているのだが、放出系の魔法のレパートリーは少ないのである。これだけはどんなにカクテルで強化してもダメだった。

 俺が使える放出系の魔法は二つ。一つはこの遠征でも何度か使ってきた『聖なる風の刃』。もう一つは『ラマナの裁き』といって、太陽神ラマナの力を借り、天空から万物を焼く光線を導く大規模な魔法だ。照射される光の温度は6000度に達すると言われている。

 威力はかなりすごいのだが、晴れた屋外でしか使えないうえ、かなり面倒な魔法だったりする。魔力効率も悪いから滅多に使うことはない。そもそも闇夜やみよでうごめく魔物を退治する退魔師は夜に戦闘することが多い。といったわけで、かれこれ4年以上ラマナの裁きを使った記憶がないのだ。ほとんど忘れかけているくらいである。

「こうしてみると、クロードさんって脳筋ですよね」

「俺の真骨頂しんこっちょう繊細せんさいな複合魔法なの」

 カクテルを使った透明魔法インビジブルがそのいい例だ。風魔法を応用した結界とか、自分の進路の空気の密度を薄くして移動速度を上げるなんてこともできるぞ。まあ、近接戦闘が得意というのは否めないけど。

「そろそろ潮時しおどきだな。互いの矢も撃ち尽くしつつあるようだ」

「討って出ますか?」

 村の前は広い平原になっているので、精鋭せいえい100騎を率いて一気に勝負をつける手はずだ。敵陣のほころびをつけば傭兵団長の首を取ってこられるだろう。

 俺一人で行ってもいいけど、それでは聖百合十字騎士団の成長のためにならない。ここはあえて彼らに困難な道を歩いてもらうつもりだった。


 整然と並んだ騎士たちに向かい合い俺はげきを飛ばした。

「君たちは強くなった! 恐れることはなにもない、非道を働く黒葬傭兵団をこれ以上のさばらせるなっ!」

 言葉と共に高位神聖魔法の『祝福』を拡散させていく。本来は個人に用いる魔法だが、薄いながらも全体に広げることによって、騎士たちの気持ちを高揚こうようさせる狙いだ。そして、その狙いは成功したようだった。

「兄上様と共に!」

悪辣あくらつな傭兵団を打ち砕けっ!」

「我らがお兄様と共に!」

 うーん、微妙な感じの掛け声だけど、まあいいだろう。

「行くぞっ!」

 村の門を開けて俺たちは突撃を開始した。


   ◇


 小さな騎士団など六倍の兵力で当たれば、簡単に叩けるだろうとロイムは考えていた。ところが、現れるはずの別動隊はいつまで待ってもやってこない。

「あの馬鹿どもは何をしているんだ!?」

「山道を通っているから時間がかかっているのかもしれません。そろそろだとは思いますが……」

 側近も心配そうに戦場を眺めている。遠距離攻撃の撃ち合いは傭兵団側がやや不利だった。弓矢の数は四倍とはいえ、騎士の使う魔法は強力だ。また、時間が経過しても騎士団の攻撃は弱まらない。ケガをしても治癒魔法で治療して、すぐに戦線に復帰するからだろう。

 パアンッ! パアンッ! パアンッ! パアンッ!

 突撃していった一隊が破裂する石の雨を降らされて撃退された。

「あれは新手あらての魔法か何かか?」

「わかりやせん……」

 村人たちが総出で投げつけた石が機能している。破裂して飛散するので精密な命中が必要ないことが成功の大きな要因だろう。

「クソが……、こうなったら別動隊を待たずに力で押し切ってやる。全軍に――」

 傭兵団長ロイムの言葉が終わらないうちに、敵陣から大きな進軍の合図が聞こえてきた。そして槍のような隊列の騎馬がこちらに向かって駆け出してくるではないか。

「チッ、先を越されたか!」

 騎士の一団はおよそ100。きりで穴を穿うがつようにロイムに迫っていた。これでは通達を出して全軍に突撃させることもできない。目の前では手下たちが次々と打倒されている。

 ロイムは懐から魔降臨のオーブを取り出した。表面の数字は47になっている。とっくに魔界の力を手に入れていると思っていたのに、こちらの方もうまくいっていなかった。

 イライラとした表情でオーブをしまうとするロイムが不意に手を止めた。その表情に悪魔的な笑みが広がっている。

「俺はなんて馬鹿だったんだ。敵の魂をささげられないなら味方の魂を捧げればいいんじゃねえか……」

 ロイムはオーブを額に押し当て、契約の呪文を唱える。魔降臨のオーブが怪しく輝き、何らかの契約が完了した。

 ロイムはウキウキとした声で側近に命令した。

「突撃してきた奴らに矢と魔法を撃ちこめ」

 側近は自分の耳を疑った。

「しかし、それじゃあ味方にも被害が……」

「うるせえ、さっさとしろ」

「で、でも……」

 ロイムの剣が一閃し、側近は袈裟懸けに切られて死んだ。

「誰でもいいから命令を伝えてこいっ!」

「へ、へい!」

 傭兵の一人が逃げ出すように命令を伝えに行く。魔降臨のオーブの数字は46に減っていた。

「敵だろうが味方だろうがかまわねえ。へへへ……あと46人だ。46人を生贄に捧げれば儀式は完結するんだ……」

 不利な戦況を見つめながらも、ロイムの顔は愉快そうにゆがんでいた。

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