第31話 疾風怒濤 その5


 別動隊は街道を外れて、森の中を抜ける細い道へと入っていった。

地元の猟師や木こりだけが使う道で、地図などには表記されていない生活道路だ。

歩みに迷いがないところを見ると、こういった間道かんどうまできちんと下調べをしてあるのだろう。黒葬傭兵団というのは考えていたよりも優秀な傭兵団なのかもしれない。


 俺は木の上を飛び跳ねて先回りした。こういう細い道を塞ぐのは簡単だ。木を何本か倒してやれば済む話である。藪に覆われた森を迂回するのは大変なので、別動隊の到着は大いに遅れるだろう。


 『聖なる風の刃』を発動して、森の木をじゃんじゃん切り倒していった。一か所につき20本くらい。それを5か所ほどやっておく。特に道幅が狭く、通過が困難そうな場所を選んで実行した。葉っぱをつけた枝と幹がしっかりと道を塞いでいる。これで奴らの足止めは成功だろう。



 村に戻った俺とリーンはミリアに報告を入れた。

「左右の別動隊は俺とリーンで足止めをしておいたよ。しばらくは正面の2000を相手にするだけでいい」

「ありがとうございます、これで作戦を立てやすくなりました」

 ミリアはそう言ったけど、表情は硬い。彼女だけではなく、ほとんどの騎士たちが青い顔をしていて、口数も少なかった。

「緊張しているのか?」

「はい……聖百合十字騎士団としての実戦は初めてですから」

 従軍経験者もいるけど、ほとんどの騎士が初陣だそうだ。リーンがニヤニヤとしている。

「これでは圧勝は無理ですね。クロードさんが私にご奉仕するので確定かな。あんなことや、こんなこと……えへへ、楽しみだなあ」

「賭けはなしだと言っただろう」

 俺はガチガチに固まっているミリアの肩に手を置いた。

「予備の甲冑はあるか?」

「え? ございますがどうするのですか?」

「貸してくれ。俺が先陣を務める」

「ええっ!?」

 ミリアだけでなくリーンまでもが必要以上に驚いていた。

「クロードさんが甲冑って……柄じゃない!」

「俺もそう思うけど、仕方がないだろう」

 ここ数日とはいえ、戦闘指導教官をやっていた俺が先頭に立てば、少しは味方の士気も上がるだろう。他にいい方法も思い浮かばない。面倒だけどやってみることにしたのだ。

「甲冑なんて付けたことあるんですか?」

「潜入任務で騎士に化けたことは何度かある」

 あれは重くて使いづらいんだよな。俺は部分的なプロテクターだけの方がいいと思うけど、あまりその考えは浸透していない。

「それでは、天幕へどうぞ。甲冑をお付けするのをお手伝いします」

「それじゃあ私も……」

 俺はミリアとリーンとともに天幕へと入った。


 甲冑をつけるたびに、よくこんなに重いものをつけて戦えるものだと感心してしまう。防御はできても、これでは動きが制限されてしまうではないか。やっぱり俺にはいつもの退魔師の服装が体に馴染む。だけど身にそぐわない俺の騎士姿をみて、ミリアとリーンはなぜか喜んでいた。

「よくお似合いですよ、イシュタル兄様。ご立派な騎士ぶりです!」

「意外と似合うっス! その姿で私をお姫様抱っこしてください。それで私をリーン姫って呼んでくれたら、今よりも強くなれる気がします!」

 なんだそりゃ?

「18歳にもなって抱っこされたいのか?」

「そういうことじゃないっス!」

「そうですよ、兄様。お姫様抱っこは単なる甘えじゃございません!」

 ミリアまで? 俺が悪いの?

「まあ、抱っこくらい別にいいけど……」

「いいんですか!?」

 ミリアとリーンの声が完全に重なっていた。

「ちょっと抱きかかえるだけだろう? それくらいなら、それほど面倒じゃないし……」

「で、では私から……」

 ミリアがいそいそと進み出てきた。ミリアも抱っこされたいのか? それこそ13年ぶりだけど、まだまだ甘えたい歳ごろなのだろうか?

「コホン……」

 天幕の入口から咳払いが聞こえて、ミリアは慌てて俺から飛びのいた。そこに立っているのは副官のシシリアである。

「シシリア、いつからそこに!?」

「先ほどからずっと……」

 うん、俺も気づいていたぞ。

「どうしたのだ?」

 ミリアは真っ赤になりながら真面目な顔を取り繕った。

「偵察隊から報告です。黒葬傭兵団の本体が村から5キロの距離に現れました」

「いよいよか」

「はい。到着までは一時間弱と予想されます」

「うむ」

「というわけで……続きをどうぞ」

「続き?」

「あまり時間はありませんが数分なら。その……お姫様抱っこを……」

 気を使ったシシリアも使われたミリアも真っ赤だった。世間一般的に甘えっ子の騎士団長は受け入れられないもんな。だが俺としては世界に一人くらいそういう騎士団長がいてもいいと思う。特にそれがミリアならば。

「まあ、そう恥ずかしがるな。妹に甘えられるというのは、兄としても悪い気分じゃない」

 まして、俺たちが失った時間は13年だ。

「そ、そういうことでは……、いえ、そういう側面もあるのではございますが……」

 結局、命令を出さなければならないということで、お姫様抱っこはお預けになってしまった。リーンだけが最後までぶつくさ言っていたが、俺は気にせずに戦闘配置についた。

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