第30話 疾風怒濤 その4
様々な意見が出されたが、俺たちは村で防御を固めて黒葬傭兵団を迎え撃つことになった。こちらから打って出ることも考えたが、兵力差があり過ぎるのでやめた。側面や背後を突かれるのはいやだし、俺たちがいない無防備な村を襲われることも考えられたからだ。
ここで戦うにあたり、村人にも協力を仰いだ。俺は生き残った村人に頼んで手ごろな石を集めてもらう。これは村人が敵に投げつけるための武器として使うのだ。石というのは意外と殺傷能力が高く、素人が扱うには最良の武器の一つになる。
村のそばに小川が流れていて、石はそこから簡単に得ることができた。大人も子供も
パアンッ!
村人が投げた石が大地にぶつかると、小さな爆発音が響いた。
「うお、何じゃこりゃあっ!?」
石を投げた村人がびっくりしたように俺の顔を見つめてきた。棒を加工した
「皆さんにはこの武器を使ってもらいます」
時間がないのと、魔力が足りないことで小さな爆発しか起こせない仕様だが、ただの石より威力は数段あがっていた。
「みなさんは黒葬傭兵団があの杭の位置まで迫ってきたら、この石を投げてください」
村を囲む石壁のむこうでリーンが大きく手を振っている。すぐ横には赤く塗られた杭が大地に打ち込まれていた。
「イシュタル兄様、兵の配置が終わりました」
村人に投石の指導をしているとミリアがやってきた。
「お疲れ様。だけど俺に報告は要らないよ。騎士団長はミリアなんだからな」
「わ、わかっています」
ミリアにはもっと堂々としていてほしい。俺はミリアにそっと耳打ちした。
「敵の様子を探ってくるよ。あとで報告に行く」
「承知しました。お気をつけて」
ミリアは目立たないように、一瞬だけ俺の手を握った。そして、恥ずかしそうにうつむいてしまう。うなじまで真っ赤になるほど恥ずかしいのならやらなきゃいいのに……。でも、そんな妹の気遣いが嬉しかったりもした。
俺とリーンはシルバーシップに乗って上空から黒葬傭兵団の様子を探った。奴らはまだ野営地を出たばかりのようだ。
「黒葬傭兵団の規模は5000くらいと聞いていたけど、それよりは少なそうだな」
「略奪のために散らばっているんでしょう。全部を集結させるのは時間がかかるから、あれくらいで出立したんじゃないっスか?」
兵士の数は3000くらいと、予想よりは少ない。それでも、聖百合十字騎士団の六倍はいる。
「あれ? 隊を三つに分けるみたいですよ。傭兵のくせに戦術なんか考えて、生意気だなぁ」
優秀な傭兵団なら戦術くらい考えるだろう。しょせん略奪ばかりの奴らは生き残れない。
「本隊が2000。右翼と左翼で500ずつか……」
「大丈夫ですかねえ? 聖百合騎士団じゃあ荷が重いかもしれないですよ」
リーンはそう言ったが、実を言えば俺はそんなに心配していない。騎士も馬も確実に強くなっているし、最近では従者の飲み水にまでカクテルを施しているのだ。体力だけなら数段はあがっている。戦力差六倍は少しきつい気もするけど、何とかなるんじゃないかという気持ちも強い。
「じゃあ賭けるか? 俺はミリアたちの圧勝だと思うけどな」
「いくらシスコンでも圧勝は言い過ぎでしょう。いいですよ、賭けに乗りましょう。騎士団が圧勝したらご奉仕プレイを約束します。その代わり、圧勝しなかったらご奉仕していただきますからね」
「やだ」
どっちにしろ、リーンの得にしかならない気がする。これでは圧勝するのはリーンだけだ。
「わがままばっかり言って、それじゃあ賭けにならないじゃないですか!」
さすがに3000を相手にするのはきついか……。
「俺たちで別動隊の足を止めるぞ」
「そうやって騎士団を圧勝させるんですね。つまり私がクロードさんにご奉仕する方を選択すると、こういうわけですか(キリッ)」
「賭けのことは忘れてくれ。俺は右翼をやるから、リーンは左翼を頼む」
シルバーシップにはリーンと一緒に行ってもらうことにして、俺は単独で別行動に入った。
戦争とか人殺しだとかを、みんなは面倒がらずによくやるものだ。いや、みんな俺と同じで、いやいややっているやつばかりだろう。好きで人殺しをする奴はあんまりいない。ちがうのか? この戦争もどうせならガイアの教皇とオスマルテの皇帝が殴り合いで決着をつけてほしいくらいだ。
まあ、かくいう俺もこうして大量殺人に加担している。バカバカしいことこの上ないが、自分の生活を守るために苦労しているわけだ。ガイア法国が勝ったとしても、俺の暮らしが良くなるわけでもないのにな。
これはもう生まれた時代が悪かったと諦めるしかないのか? この国は戦争ばかりしている。国が負けたら、俺は異教徒の神官として殺されるのだろう。捕まったガイア教の神官は火あぶりになるか、どこかで強制労働をさせられるって話だ。
どっちも嫌だから、その場合はどこかに逃げるしかないけど、ミリアを放っては行かれない。あいつは生真面目だから、最後までお国のためとか言って頑張りそうだ。それに逃げる場所なんてどこにもないのが現実だ。山の中で隠れ住むなんて、相当な苦労を強いられる。
まったく、ため息をつきたくなるぜ。みんなしがらみが多すぎるんだよ。とはいえ、俺だって身近な人間には幸せになってほしい。ミリアは特にそうだし、シシリアをはじめとした騎士団の連中にも思い入れはある。それにリーンも……。調子に乗るから直接は言わないけど、あいつは良き相棒だ。あいつが異教の神官として殺されるのは忍びない。というわけで俺はクソ面倒ながら戦争に参加しているのだ。
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