第26話 襲撃 その6


 深夜までミリアと話し込んでいたせいで、翌朝は少しだけ寝坊をしてしまった。

「クロードさん、起きてください。起きないと大事なところを食べちゃいますよ」

 リーンが俺をさぶっている。部屋の鍵はかけたのだが、特殊部隊にそんなものは通用しない。勝手に開けて入ってきたようだ。

「おはよう、リーン。勝手に男の部屋に入ってくるなよ」

「もう、照れちゃって。そんなことより朝ご飯にしましょう!」

 なんとなくだけど、リーンが無理をして普段通りをよそおっている気がする。ミリアをイアーハンに引き渡そうとしていたことをまだ気にかけているようだ。

「着替えるから先に行っていてくれ」

「ジーッ……」

「男の着替えを観察するな。さっさと行けよ」

「もう、少しくらいいいじゃないっスか」

 俺も調子を合わせておいた。このぎこちなさもそのうち元通りになるだろう。シャツを羽織はおって外に出ると気持ちの良い朝だった。


 宿の外に出ると聖百合十字騎士団の騎士が二人連れで歩いていた。俺はいつも通りの挨拶をする。

「おはようございます」

 二人の騎士はハッとしたような顔で俺を見た。そして――。

「おはようございます! 兄上様あにうえさま

 と、丁寧ていねいに頭を下げてきた。いや、俺は君たちの兄じゃないんだけど……。続けて通りの向こうから女性の騎士と従者がやってくる。

「兄上様、ご機嫌麗きげんうるわしゅう」

「あ、はい……」

 これはもうミリアが騎士団に俺の正体しょうたいをばらしたと考えて間違いない。あれだけ内緒にしてくれと言ったのに意味がないじゃないか。ちょっと抗議に行って来ないといけないな。


 扉を開けると満面の笑顔をたたえたミリアが俺を出迎えてくれた。副官のシシリアも立ち上がって席を勧めてくれる。文句を言いに来たのに、いきなり気勢きせいをそがれてしまった。

「おはようございます、イシュタル兄様」

「お、おはよう……ございます」

「いやですわお兄様、そんな他人行儀たにんぎょうぎな挨拶など。朝のコーヒーでもいかがですか?」

「いえ結構。それより、兄妹であることは秘密にしてほしいと、お願いしたじゃないですか」

「それはお父様に対してでしょう?」

 頭が痛くなってきた。ミリアってこんなに天然だったか?

「いやいや、騎士団のみんなにばらしたら、いずれ父上の知るところとなるだろう?」

「そうですか? でも、今朝の朝礼で全員に通達つうたつしてしまいました。大丈夫ですよ、うちの騎士たちは口の堅い者ばかりですから」

 だからって、公然こうぜんと兄上様とか呼ばれたらすぐにわかってしまうぞ。

「だいたい、俺は騎士たちの兄じゃないぞ。それなのに兄上って……」

「まあまあ、兄上様」

 シシリアがとりなそうとするけど、それもおかしい。

「いや、シシリアさんは年上じゃないですか」

「そうなのですが、皆が兄上様と呼んでいますので、私も和を乱してはいけないと考えて……」

「もう定着してしまいましたね」

 二人ともニコニコと笑っている。これはどうしようもないことなのか? 俺はすごすごと酒保の荷馬車へと戻った。


「あ~ん、お兄様が帰っていらしたわぁ☆」

 俺を見て、リーンが体をくねらせている。こいつ、思いっきりバカにしやがって……。

「リーン、怒るぞ」

「ああ~ん、お兄様ぁ、イケないリーンにお仕置きしてぇ!」

「本気でお仕置きしてやろうか?」

「冗談っス。いやあ、みんながクロードさんをお兄様扱いだからおもしろくって。超うけますよね」

 言葉を返す気力も残っていなかった。

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