第25話 襲撃 その5


 町に戻った俺たちはミリアの部屋へとやってきた。暢気のんきなもので、騎士団長がさらわれたことに気付いている騎士は一人もいないようだ。これはもっと鍛えてやらないとダメだな……。

「イシュタル兄様、お話があるのですが」

 すでに夜中の2時だったが、俺は頷いてリーンを見た。リーンは無言で去っていく。俺はその背中に声をかけた。

「リーン、ありがとう」

「クロードさん……私は貴方を裏切ろうとしたんだよ……」

「だけど、最後は自分でケリを付けようとしたじゃないか」

「許してくれるんですか?」

「もう気にするな」

 普段のリーンならここで抱きついてくるところだけど、ミリアに気を遣ってか、頭を下げておとなしく出て行ってしまった。二人きりになった部屋の中で俺はミリアに向き直る。

「立派になったな、ミリア」

「イシュタル兄様……、初めてお会いした時から、何となく似ているとは感じていたのです。ですが、ご本人とは思ってもみませんでした」

「あれから13年だ、それも当然だろう」

「お母様からは、兄様の行方は分からなくなってしまったと聞いていましたが、私は独自にずっと探していたのです」

「俺は神殿に入ってから名前を変えてしまったんだよ」

 特殊史料編纂室に入る前に、俺は過去の足跡をすべて消した。神殿騎士団長のミリアでも見つけることは不可能だっただろう。

「もちろん私がお会いしたかったというのもありますが、兄様を探していたのには他にも理由があります。私だけではなくお父様も必死になって兄様の行方を捜しているのです」

 ミリアは難しい顔をして俺を見た。

「どういうことだ?」

「お母様が死んだことを兄様はご存じですか?」

「イルモア伯爵夫人、リセッタ殿が? いや、ちっとも知らなかった」

 イルモア家には関わらないようにしていたのだ。

「母は死ぬ前にとんでもないことを私に伝えてきました」

 ミリアの眉根まゆねが苦しそうに寄った。

「私はお母様の実の子ではありません。それどころかお父様の娘ですらないのです」

「なんだと!? どういうことなのだ?」

「お母様とお父様の間にできた子どもは死産だったそうです。ですが、イルモア家での地位低下を恐れたお母様は、密かに生まれたばかりの赤ん坊を連れてきて、死んだ子と入れ替えました。それが私なのです」

 リセッタは実家の別邸で出産している。だからそんなごまかしができたわけだ。

 そうか、それでようやく納得がいった。どうしてオスマルテ帝国の召喚が上手くいかなかったのか疑問だったけど、これで説明がつく。信じられないことだが、ミリアにはイルモア家の血が流れていなかったのだ。魔界の大侯爵ビバルゾの化身を呼び出すにはイルモアの血が必要であり、それがなければ召喚が上手くいくはずもなかった。

「私は素性すじょうも知れない人間なのです。イシュタル兄様……いえ、貴方を兄と呼ぶのもおこがましい」

「バカなことを言うな。離れ離れではあったが、俺たちはずっと兄妹だ」

「兄様……」

 ミリアの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

「父上はこのことを?」

「はい。母上の葬儀が終わった後に私からご報告しました。それを聞いてお父様はお兄様の行方を捜しているのです」

「念のために訊くけど、父上は何のために俺を探しているんだ?」

「もちろん、兄様を次期当主として迎えるためですよ」

 やっぱり。父上は悪い人ではないのだが、気弱で意志薄弱いしはくじゃくだ。俺が神殿に放り込まれるときも、リセッタから俺をかばいきれなかったような人である。今さら家を継げと言われてもなあ……。はっきり言って面倒だ。

「しばらく俺のことは父上には内緒にしてくれないかな?」

「なぜですか!? お兄様が行かなければ、イルモア家は養子を迎えなくてはならなくなります」

「それでいいんじゃないか?」

 血筋なんて別に絶えてもいいと思う。有能な奴が領主になればその方が領民のためになる。俺は内政とかには向いていない。興味の欠片もないのだ。

「兄様、どうか考え直してください」

「そんなこと言われても、俺はこれでも司祭だぜ」

 神官に結婚は許されていないのだ。まあ、高位神官たちには大抵愛人がいて、隠し子が何人もいる奴がたくさんいるけど……。

還俗げんぞく(神官から一般人に戻ること)していただくことはできないでしょうか?」

「そんなこと言われてもなあ……、ガイア神に誓いを立ててしまったし、神官だから世継ぎを作ることもできない。相手もいないしなあ」

 そう言ったとき、チラッとリーンの顔が思い浮かんだ。俺とリーンの子どもが伯爵家の世継ぎ? 想像するだけで寒気がするのはなぜだ? ろくな治世にならない気がするぞ。

「子なら私が産みます!」

「はっ? ミリア……何を言って……」

 俺も動揺していたが、妙なことを口走ったミリアの動揺もひどかった。

「いえ、その、兄様が私でよければの話です。私たちに血のつながりは……、いえ、そうじゃないっ! なんというか、もののたとえというか、願望というか……じゃなくて、そういう未来があってもいいような悪いような……」

 ミリアなりにイルモア家の未来を憂いているということか?

「とにかく、その話は一旦置いておこう。今はミリアをアスタルテへ送り届けるのが先だ」

「はい……」

 厄介ごとは先延ばしにするのが俺の主義だ。特に継ぐ予定もない家のことなど知ったことじゃない。当面は知らんぷりを決め込むことにしよう。それよりも今はやるべきことがある。まずは聖百合十字騎士団をアスタルテへ送り届ける。それが終わったらレギア枢機卿だ。

 今回の落とし前はきっちりと付けてもらおうじゃないか。ミリアを害そうとしてただで済むと思わせてはならないのだ。俺たちに喧嘩を売れば、どういう結果を招くかをわからせなければならない……。

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