第22話 襲撃 その2
夜になり、俺はいつものルーティンワークだ。今は馬の強化週間に充てているので、今夜も飼い葉にカクテルを施すのだ。筋肉を発達させる物質を餌に混ぜ込んでスペシャル飼い葉を作成するのである。
「リーン、そろそろ行くぞ」
「んー、なんか体が重いっス……」
「どうした、風邪か?」
「いえ、女の子の日ですね」
「ああ、なるほど」
病気ならカクテル調合した特別なポーションで治してやれるが、生理現象となると難しい。
「だったら、今夜は俺一人で行ってくる」
人間の食料と違って、馬の餌は開封と梱包に時間を取られない。一人でも楽に仕事ができるのだ。
「悪いっスね。あとで添い寝してあげますから、よろしくお願いします」
「要らねーよ」
俺は真っ暗な街路へと歩き出した。しかし、リーンは本当に大丈夫か? これまでずっと一緒に仕事をやってきたけど、こんなことを言い出したのは初めてのことだ。ひょっとしたら本人も気づかないうちに体調を崩しているのかもしれない。今晩は滋養強壮によいスペシャルカクテルでも作ってやるとしよう。
◇
クロードの気配が消えるとリーンはすぐに動き出した。セルゲスたちが行動を開始するまで時間がない。戦闘服に着替えるのももどかしく、リーンは慌ただしく準備をしていく。黒装束の下にチェーンメイルを着込み、一本のマジックスクロールをポケットにねじ込んだ。
何度も資材部に掛け合って申請を通してもらった高出力範囲魔法のマジックスクロールだ。これがリーンの切り札である。本来は遠隔操作や時間差で起動させるアイテムだが、いざというときは使用者がその場で使うこともできる。当然、その場合は使用者までもが術に巻き込まれ、3000℃の熱で身を焼かれることになるのだが……。
「なるべく死にたくないけど、いざというときは仕方がないよね」
リーンは明るい声で自分を励ました。
外に出ると新月で辺りは暗かった。もっともリーンのように特殊な訓練を受けた者は夜目が利く。それはセルゲスやイアーハンの奴らも同じことだ。道を急ごうとするリーンの目にシルバーシップが散歩をしているのが見えた。
シルバーは口を使って厩の扉を開け、勝手に散歩をすることがある。朝までには戻ってくるので問題になったことはないが、本当に自由気ままな馬なのだ。
「シルバー、お散歩?」
「ぶるるるる」
「そっか、私も野暮用で出かけてくるよ。あとをお願いね」
「……」
シルバーは大きな瞳でリーンを見つめた。その様子は、まるでリーンがこれから何をしようとしているか、すべてわかっているかのようだ。
「じゃあね!」
リーンはシルバーの横を通り過ぎる。
「ヒーン……」
暗闇の中でシルバーシップの小さないななきが響いた。
町の北側に潜んでいたイアーハンたち八人はセルゲスの先導で闇の中を走っていた。目指すのはミリアが宿泊している宿屋だ。彼らの計画はシンプルで、屋根からミリアの部屋へ侵入し、そのまま誘拐するというものだった。
どうして計画がここまで単純であるかといえば、それだけセルゲスの戦闘力が高いからだ。誘拐対象となるミリアや護衛騎士の抵抗などは、ほとんど障害にもならないと考えている。それくらいセルゲスの強さは圧倒的だった。
先頭を走っていたセルゲスは突然剣を引き抜き、斜め上へと切り上げた。プツンと音がして、仕掛けられたワイヤートラップが切り落とされる。知らずに走り抜けていたら、襲撃者たちは胴の真ん中あたりが切断されてしまっていただろう。
「細目のくせに、視力はいいんだね」
セルゲスたちの前に黒い影が立ちふさがった。
「やはり裏切ったか、リーン・リーン」
セルゲスは残酷な笑みを浮かべた。
「裏切ったというか、嫌いなんだよね」
「何がだ?」
「アンタとかレギア枢機卿とかがさ。生理的に無理なんだよ、悪いけど」
「そこまでクロウ司祭に尽くすか、健気なことだな」
それは下らないものを見たような失笑だった。
「うるさいなぁ……」
リーンはポケットに手を入れた。この場所で高出力範囲魔法を発動させれば、半径15メートルが瞬く間に3000度の高温に包まれる。脱出できるものはいないだろう。術者が離れていないので発動までのタイムラグは1秒もない。すべてが消し炭になるのだ。
(さようなら、クロードさん。本当に好きだったんだよ……)
最後に心の中で語りかけて、リーンはスクロール発動の魔力を流し込もうとした。ところが、セルゲスは目ざとくリーンの不自然な動きに気が付いてしまった。
高速の踏み込みで5メートルの距離を詰める。そして、リーンが反応する間も与えずにポケットの中のスクロールを奪っていた。
「おやおやぁ、ずいぶんと物騒なものを持っているじゃないか。さすがの俺でもこいつには耐えられない」
「クッ!」
リーンは慌てて後方に飛びのき愛用のナイフで身構えた。一方のセルゲスは、いいおもちゃが手に入ったとばかりにマジックスクロールを懐にしまってしまう。
「自分の身を犠牲にしてまで俺たちを止めたかったか。まったくもって健気じゃないか……本当に、めちゃくちゃにしてやりたくなるな」
セルゲスが唇の端を舐めた。
「そういうところがキモいのよ」
セルゲスは手を振ってイアーハンに合図する。
「ここは俺が引き受ける。お前たちは計画通りにやれ」
その言葉にイアーハンの連中は再び動き出したが、リーンにはどうすることもできなかった。隙を見せればセルゲスにまたもや距離を詰められてしまうだろう。
「怯えているのか?」
「……」
「弱い奴ってのは、そそるねぇ……」
弱者をなぶる肉食獣のように、セルゲスはじわじわとリーンに近づいてきた。
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