第21話 襲撃 その1


 噂の伝播でんぱというのは非常に早くて驚かされる。聖百合十字騎士団の功績こうせきは人づてに広まって、今ではどこへ行っても大歓迎を受けていた。今日も宿泊予定の町の広場では、住民たちが騎士団のことを褒め称えている。

「聖百合十字騎士団は民衆の力になってくださる騎士団なんだよ!」

「恐れることもなく疫病の村へ入って、病人を全員治療してしまったそうだ」

「下々にも優しい騎士様達がそろっていらっしゃるって」

「1000を超えるオークの軍団を100騎の突撃で蹴散らしたってよ!」

 少々話が大きくなっているが、噂なんてそんなものだ。

「しかも、団長のミリア・イルモア様は美しくて、慈悲深く、そのうえめっぽうお強いそうだ!」

「わかってるねぇ、おっちゃん!」

 突然会話に入り込んだ俺におっちゃんは少々引いている。だけどね、ミリアのことを褒めてくれる人はみんな友だちなんだぜ。

「あんた誰?」

「騎士団お付きの酒保商人」

「ああ、それで団長さんが褒められて嬉しかったんだな」

「そういうこと、俺の作ったミートパイ食べる? 体力と魔力と精力がつくぜ」

 俺の差し出したミートパイをリーンがひったくった。

「イルモア団長にスイーツを届けるんでしょう? さっさとしてください」

「おっと、そうだった。じゃあな!」

 はっきり言って俺は浮かれていた。騎士団の評判はうなぎ上りだったし、ミリアの実力も確実に上がっていたからだ。油断してはいけないと思いながらも顔がにやけてきてしまう。今日もミリアのためにブランデーが香るフルーツケーキを用意した。これを食べれば魔力が2%は向上するだろう。作製のために昨晩は3時間しか寝ていないけど、俺は幸せいっぱいだ。

「それじゃあ行ってくる。あ~だるいな~」

 鼻唄交じりに、俺はミリアが宿泊している宿へと向かった。


   ◇


 スキップでもしそうな足取りで立ち去るクロードを見ながら、リーンは小さなため息をついた。天馬のシルバーシップも呆れたようにクロードの後姿を目で追っている。

「浮かれてんじゃないよ、バカクロード」

リーンの呟きは広場の喧騒に消えて、クロードの耳には届かない。そんなリーンの心の内を見透かしてか、セルゲスがスッとそばに寄ってきた。

「いよいよ今夜決行だ。今さら裏切る気ではないだろうな?」

「わかっている。私はクロードさんが張った警戒結界を解除して、イルモア団長のそばにクロードさんが行かないようにすればいいんだろう?」

「その通りだ。近づきさえしなければ奴の命まではとらない。イアーハンがイルモア団長を誘拐して仕事は終わりだ」

「ちゃんとわかってるってばっ!」

 それでもセルゲスはしばらくリーンのことを疑わし気な目で見ていた。

「私はクロードさんさえ無事ならそれでいい。そう決めたんだ……。もういいだろう、一人になりたいからあっちへ行ってよ」

 リーンの答えに満足したのか、セルゲスはようやく背中を向けて立ち去った。

リーンの心はまだ揺れ動いている。本当はクロードにレギア枢機卿の計画を打ち明けてしまうべきではないだろうか、と。

 だが、自分たちを監視しているセルゲスは強敵だ。奴とイアーハンが襲ってくれば、二人そろって殺されてしまうことだって考えられる。だったらやっぱり、ミリアを見殺しにしてでもクロードを助けるべきなのだろう。だけど……。

 いっそ、相打ち覚悟でセルゲスに挑んでみるか……。捨て身で闘えば、セルゲスとイアーハンを一網打尽にできるかもしれない。仲間のふりをして後ろから攻撃すれば勝機はあるだろう。それでも多数が相手だから自分は死んでしまうかもしれないけど……。リーンは誰にも相談できず、天馬のシルバーに囁いた。

「私がいなくなったらさ、クロードさんを頼むね。あの人は何でもできるくせにだらしのないところがあるから」

「ぶるる」

 普段ならリーンの愚痴ぐちなど聞かないわがままな馬がおとなしく首筋を撫でられていた。

「アンタは賢いからさ、昼寝をしているクロードさんを起こしてあげたり、疲れ果てたあの人を背中に載せてやったりできるだろ?」

「ヒーン……」

 シルバーシップがなんと言っているのかまではリーンにもわからない。ただ、そのいななきはいつもよりも優しく聞こえていた。


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