第18話 黒幕 その2


 死んだ騎士の葬儀そうぎを執り行うために、聖百合十字騎士団は谷間の村にとどまることになった。俺は容疑者として穀物蔵こくもつぐら監禁かんきんされたままだ。まあ、葬儀に参加してくれと言われても断っただろう。俺の祈りでは、死んだ騎士の魂を救済きゅうさいできる気はしない。

毎晩遅くまで食料に細工をしたり、スイーツを作ったりしてきたのでここのところ慢性的まんせいてきな寝不足だ。魔力を回復するにはちょうどいい機会なので、リーンが戻ってくるまではゆっくりと眠ることにした。

 昼少し前になって、ガチャガチャと扉の鍵を開ける音が聞こえてきた。そろそろ食事の時間だろうか? ここでは捕虜ほりょほりょにもきちんとした食事が与えられる。まさに三食昼寝付きだ。退魔師をやっているときより待遇たいぐうがいいとはどういうことだろう?

「クロウ殿、誤解が解けましたよ!」

 息せき切って入ってきたのはミリアで、嬉々ききとして俺の拘束こうそくを解いてくれた。

「どういうことでしょうか?」

「たった今、リーン・リーン助祭が戻ってきたのです。レギア枢機卿の命令書を持参してです」

 リーンとシルバーは無事に務めを果たしてくれたか。ミリアは走ってここまで来てくれたようで、少しだけ呼吸が乱れている。

「疑いが晴れて本当によかったですよ。私は最初から信じていましたけどね!」

 ミリアは俺を信じてくれたか……。やばい、なんか俺、泣きそうだ……。最後に泣いたのっていつだっけ? もう覚えてないくらい昔だ。感動がある生活ってやっぱりいいな、そんなことを思った。

 縄を解いてもらって立ち上がると扉のところにシシリア副官がいた。どういうわけかひざをついている。

「クロード・クロウ司祭、私は貴方に大変失礼な態度を取りました。どうぞお許しください」

 なにかと思えばそんなことか。

「シシリア殿がああされたのは当然のことです。謝ることなんてありません」

 だいたいここの連中は人が良すぎるのだ。ミリアのためにもシシリアはあれくらいでちょうどいいと思った。


 本陣の天幕に行くと、リーンの他にもう一人神官がいた。陰気いんき冷酷れいこくそうな顔には見覚えがある。たしか、退魔庁のラダック・セルゲスだ。退魔の際に一般人に被害が出ても平気な顔をしているようなやつで俺は大嫌いだった。

 退魔庁でいちばんの遣い手なんて呼ばれているが、俺に言わせれば身勝手な乱暴者でしかない。大火力で敵をせん滅するしか能のないやつなのだ。そもそも手抜きのできない人間とは仲良くなれる気がしない。

「リーン、ご苦労だったな」

「そりゃあもう、クロードさんのためですから!」

 あけすけなリーンの言い様に、ミリアが少しだけ眉をひそめていた。

「ところでセルゲス司祭、どうして貴方がここに?」

 セルゲスはサディスティックな笑顔を顔に張り付かせる。

「助っ人ですよ。レギア枢機卿に言いつけられましてね。おおかた、あなた方だけでは心配なのでしょう」

「ほーん……、まあ、頑張ってください」

 俺はセルゲスの嫌味を軽く受け流した。嫌な奴ではあるが腕は立つ。きちんとミリアを守ってくれればそれでいいと思った。



 翌日になって聖百合十字騎士団は谷間の村を出発したけど、雰囲気は重かった。仲間に裏切り者が出て、しかもそれが由緒正しき子爵家の出身だったということが、騎士たちの動揺を大きくしているようだ。

 ミリアも表面上は普段と変わらないようにふるまっているが、それもカラ元気に過ぎない。シシリアも元気がなく、騎士団全体が重い沈黙に包まれている。しかも、どういうわけかリーンまで様子がおかしかった。

「どうしたんだ、元気がないようだが?」

「そんなことありませんよ。私はいつも通りです」

 リーンはつまらなそうな顔で答えて、近くにいたセルゲスをちらりと見た。奴は従軍神官としてついてくることになり、いつも俺たちの近くにいる。まるで俺たちを監視しているみたいだ。この俺がミリアを裏切ることなんてないのにな。

「はぁ……」

 リーンが大きなため息をついた。

「おいおい……」

「クッソ強くなりてえっス」

「強くなってどうするんだ?」

「気に食わない奴を片っ端からぶっ潰します」

 なんだっていうんだよ?

「ずいぶんと物騒な思考になっているな」

「あいつがいたんじゃ、いつもみたいにイチャコラできないじゃないですか……」

 リーンは顎でセルゲスを指し示した。普段からイチャコラした記憶はないが、セルゲスが目障めざわりなのは俺も一緒だ。だが、戦力は戦力である。大事なのはミリアの安全であって、そのためには手段をどうこう言っていられない。

「仕方がないさ、この任務が終わるまでだ」

「クロードさん……」

 リーンが真面目な顔で質問してきた。

「クロードさんとセルゲス、どっちが強いですか?」

「さあな、あいつは退魔庁でいちばん強いんだろう? だったらあいつじゃね?」

 俺は適当に答えた。強さをひけらかすのは嫌だったし、自分の実力は隠しておくべきだと常々考えてきたからだ。しかし、後に俺はこのことを後悔することになる。俺がもっとリーンを信じて、きちんと強さの比較をしてやれば、彼女があれほど苦悩することもなかったはずだ。だが、俺は自分がこき使われないために、自分の実力を極力隠すことに終始しゅうししていた。


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