第19話 黒幕 その3

 その日のうちに、騎士団はファーレン山脈の峠を越えた。戦場になっているアスタルテまではもう少しだ。国境線が近づいたこともあり、イアーハンの襲撃もいよいよ本格的になるだろう。

 細い登山道を降りていくとなだらかな台地が広がっていた。青々とした牧草地の向こうに、建物が固まって建つ村が見えている。辺境の割には規模が大きい。騎士団がやってきたということで、村人たちが慌てて石壁の中へ入っていく様子が見えた。今夜はここに泊まることになる。

「さてと、開店前に騎士団長へスイーツを届けてくるよ」

 騎士団に裏切者が出て元気のないミリアのためにオレンジのムースケーキを作ったのだ。これを食べればミリアにも少しは笑顔が戻るかな? あと、魔力と腕力と素早さと反射神経と動体視力と持久力が微量ながらアップするはずだ。

「相変わらず熱心っスね……」

「ついでに情報を集めるためさ。リーンは開店準備を、セルゲス司祭は村の周囲の調査を頼む」

「はーい」

「了解した……」

 セルゲスは暗い顔で村を取り囲む壁の方へと去っていく。これまでのところセルゲスは素直に俺の指示に従ってくれていた。言葉にトゲはあるけど、案外いい奴なのか? それとも、命令に背かないようにレギア枢機卿に言い含められているのかもしれない。

 よくわからないけど、使える人員が増えるのはありがたい。セルゲスが遠くへ行ったので俺はリーンに声をかけた。

「リーン」

「なんスか……?」

 リーンはやっぱり元気がない。

「ほら、これを食って元気を出せよ」

「えっ?」

 俺はムースケーキが乗った皿をリーンに差し出す。日頃の感謝を込めて、今日はリーンの分も作っておいたのだ。

「シャルロットってお菓子なんだ。ついでに言うと能力値も少しだけ上昇するはずだ。リーンの特性が活かせるよう素早さがアップする仕様だぞ」

「クロードさん……」

「疲れているみたいだけど、アスタルテまではもう少しだ。頑張ってくれよ」

「クロードさああああん!」

 抱きついてくるリーンの腕を足さばきでかわし、ミリアのところへ急いだ。



 ミリアを探して歩いていると、なにやら騒ぎが起きていた。まさか、イアーハンのやつらが!? 俺は駆け出したが、すぐにそれが勘違いだということに気が付いた。騒いでいるのは村人たちで、膝をついた状態でミリアを取り囲んでいる。そして、村長らしき人物が涙ながらに訴えだした。

「この通りでございます、どうか村をオークからお救いください!」

 村人たちも一斉に頭を下げる。

「騎士様、お助けを!」

「どうぞお慈悲を」

 村人たちは必死の形相で窮状を訴えていた。話によると、この村は定期的にオークに襲われているとのことだった。

「オークは二カ月に一回ほどやってきて、食料を奪っていきます。また、半年に一度は村の女も……」

 オークというのはブタのような見かけに反して知能の高い魔物だ。ここの人間が絶滅しない範囲で略奪を行っているにちがいない。また、オークは繁殖力が高いことで知られているが、雌はいない。生殖には人間の女を使うのだ。

人間の女がオークの種を受精すると魔力の作用で三か月後には出産してしまう。妊娠期間は人間の三分の一以下だし、成長も早い。生まれてから一年ほどでほぼ成体になる。だから神殿も問題視していて、オークは優先討伐対象種だ。

とはいえ、都から遠く離れたこんな山奥にまで軍隊が来ることはない。退魔師もここまではやってこないだろう。行軍中の聖百合十字騎士団に、わらにもすがる思いで討伐を依頼しているにちがいない。

 だが、聖百合十字騎士団はアスタルテへ派遣される軍隊だ。ここで時間を取られれば到着が遅れてしまう。本来は構っていられないのだが、団長はミリアだからなあ……。

「団長、苦しむ民を救うことこそ騎士の務めではありませんか!」

「イルモア団長、私からもお願いします。出撃許可を!」

「団長!」

 しかも、騎士たちすべてが、そろいもそろって甘ちゃんのお人好しばかりときてやがる。みんなを見回したミリアが小さく頷いた。

「詳しい話を聞こう」

 やっぱりそうなったか……。


 酒保の荷馬車に戻ると、リーンが暇そうに鼻をほじっていた。騎士たちはオーク退治に夢中で、今日は酒を飲みに来るやつもいないようだ。セルゲスも周辺調査から戻っていて、のんびりとワインを飲んでいる。

「少しばかり忙しくなりそうだ」

 俺は二人にこれまでのことを説明した。

「わざわざ騎士団が行かなくてもいいだろう。私が行けば済む話だ。殲滅せんめつするのに2時間もかからん」

 セルゲスがうんざりとした顔で言った。余計な時間を取られたくないようだ。その気持ちは俺にもわかるが、ミリアのためにもそれはできない。この戦いは、心に傷を負った聖百合十字騎士団が立ち直るのに必要な儀式みたいなものだ。

「騎士たちは裏切り者が出たことで気持ちが沈んでいる。ここで村人の役に立てば誇りを取り戻せるはずだ」

「特殊史料編纂室のクロウ司祭は怠け者で有名だと聞いたが、実際は仕事熱心なんだな」

 セルゲスの態度は人を馬鹿にしたものだった。俺だってミリアに関係なければ、わざわざ騎士団に付き合うことはなかっただろう。自分が行けば30分もかからないでオークを攻略できるだろう。だが、ここまで関わってしまったら他の騎士にも少しだけ情が移っている。

「これも任務だ」

「はっ、まあいいさ……」

 セルゲスは吐き捨てるように言って、ワインのお替りを取りに行ってしまった。

「リーン、今夜のうちにオークの巣を探ってきてくれないか?」

「いいですけど、大丈夫ですか? オークは意外と強力ですよ。坊ちゃん嬢ちゃんに怪我人でも出たらまずいでしょう?」

「大丈夫さ。たぶんな」

 カクテルの効果を試すいい機会でもある。聖百合十字騎士団の成長をこの目で見たいという心づもりもあった。


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