第16話 谷間の村 その5
身柄を拘束された俺はミリアとシシリアの前に引き出された。
「何があったというのだ?」
ミリアはロープで縛られた俺を見て動揺している。俺を捕まえた騎士もすべての状況を掴んでいないので
「北西の壁付近で、騎士、ロンパイオ・サラバン殿が死亡しているのが発見されました」
「なんだと!? 死因は?」
「他殺です。鋭利な刃物で腕と足首を切り落とされておりました。おそらく大量の血を失って死んだのでしょう」
本当の死因は破滅のタリスマンだが、今はまだ黙っておくことにした。
「それで、なぜクロウ殿が拘束されているのだ?」
「そ、それは、現場近くにいましたし、一緒にいた酒保店員は逃走しております。怪しいと思ったので捕まえました」
ミリアは信じられないといった顔で俺を見つめた。
「クロウ殿、どういうことですか?」
ミリアには本当のことを話しておきたいと考えていた俺は、人払いを頼んだ。
「どうか、二人だけで話させてください」
だが、副官のシシリアがそれを許さない。
「状況を理解しているのか? 君は騎士殺害の容疑者なんだぞ」
ミリアはシシリアをなだめた。
「わかった、素直にあったことを話してくれるのならその方が早くていい」
「しかし!」
「どうしてもというのならシシリアはそばにいてくれ。それなら構わんだろう?」
ミリアは俺とシシリアの両方に質問し、俺たちは同時に頷いていた。
ミリアの天幕で三人だけになった俺は、まず自分の身分について話した。
「以前もお話しした通り、私はグラハム神殿のとある組織に所属しています?」
「それを証明するものは?」
シシリアの声は冷たい。
「ありません、極秘任務の最中でしたので」
「オスマルテ帝国の刺客から私たちを守るために派遣されたのだったな?」
ミリアはあくまでも俺を信じてくれているようだ。
「そうです」
「では、騎士サラバンを殺したのはオスマルテの手の者か?」
少しだけためらったが俺は本当のことを話した。
「いえ、私たちが彼を殺害しました。というよりも自滅したというのが正しいのですが」
俺は破滅のタリスマンについて説明した。
「サラバンは防御結界を破壊しようとしていました。おそらく彼は内通者です」
「信じられん、ロンパイオはサラバン子爵家の三男だぞ」
ミリアは自分の部下に裏切り者がいたことにショックを隠せない。サラバン子爵といえばバリバリの主戦論者か……。反抗期で父親に楯突いてスパイになった? ありえなくはないけど考えにくい。
おそらくは神殿の高官に言い含められたのだろう。なぜ神殿の高官が裏で糸を引いていると断言できるのかと言えば、破滅のタリスマンだ。あれを危険物保管庫から持ち出せる人間は限られている。
「とにかく彼の持ち物を調べてください。破滅のタリスマンが見つかるはずです。見つからない場合は……」
「その場合は何だというのだ?」
「騎士団の中にまだ内通者がいる可能性があります」
あれは敵にとって悪事の証拠になるものだ。誰が神殿から持ち出したかを探れば、首謀者がわかるだろう。証拠の隠滅をはかる可能性はじゅうぶんにある。
「しかし元からそんなタリスマンなど存在していなかったらどうなる? 君が出まかせを言っているのかもしれない」
シシリアはあくまでも俺が疑わしいと考えているようだ。身内に内通者がいるとは思いたくないのだろう。
「それは否定できませんね」
「それから、リーン・リーンはどこへ逃げた?」
「彼女には神殿への報告を頼みました」
「神殿への報告だと? ふん、真偽はいずれわかる。追跡部隊を派遣したから遠からずリーンは捕まるだろうからな」
シシリアはリーンが天馬で飛び去ったことを知らないようだ。ということは、情報の収集が終わらないうちに俺を尋問しているな。こういうところがアイドル騎士団のダメなところだ。ミリアのためにも改善しなくてはならないと思う。
「追跡部隊なんて無駄ですよ。シルバーシップは天馬です。今頃は隠した翼を現わして空を飛んでいます。どうせ明日の昼頃には戻ってきますが……」
シルバーは伸び伸びと飛んでいるんだろうなぁ。ウキウキと天を駆けるシルバーを想像すると、この状況ながら笑ってしまうところだった。
その後の調査で死んだサラバンという騎士の左手に破滅のタリスマンが握られているのが発見された。おかげで俺への嫌疑は少しだけ薄れたようだ。それでも俺は両手を繋がれて穀物蔵に監禁された。軽い拷問くらいは受けるかもしれないと考えていたから、状況は思ったよりもマシだ。リーンが戻ってくればさらに良くなるかもしれない。
問題は神殿内部に聖百合十字騎士団を危険にさらそうとしているやつがいるということだ。だが、一体何のために? 確かにアイドル騎士団はみんなの人気者だ。でもそれを壊滅させたところで戦況にはほとんど影響しないと思う。
聖百合十字騎士団はレギア枢機卿の肝いりで創設された。だったら、レギア枢機卿の政敵が敵国と通じて騎士団を潰そうとしているのか? それも騎士団を狙う動機としては弱い気がする。
穀物蔵の中で考えを巡らせても、しっくりとくる説明は思いつかなかった。俺は眠れないままに乾草の上に横になり、天井を眺めた。この程度の拘束ならいつでも抜け出せる。今は落ち着いてリーンの帰りを待つとしよう。
少しでも体力を回復させようと目を閉じていたら、誰かが穀物蔵に入ってきた。意表をついてこの時間からの尋問か? すでに日付は越えたはずだ。俺は呼吸を整えて身構える。やってきたのはなんとミリアだ。驚いたことに彼女は一人だった。
「もう寝ましたか……?」
ミリアは遠慮がちに声をかけてきた。
「寝ていませんよ。それよりも何か聞き忘れたことでもありましたか?」
「いえ、のどが渇いていないかと思って水を持ってきました」
ランタンの光に映るミリアの表情は憂いに沈んでいた。
「いけません、私は容疑者ですよ。それなのに……」
「私にはクロウ殿が犯人とはどうしても思えません。クロウ殿はいつだって私に親切でした。それにクロウ殿が騎士団に害をなしたいと思えば、いつでも毒を盛れたじゃないですか」
そう、俺は酒保商人として大勢の騎士に酒や食べ物を提供してきたのだ。
「たとえば、たっぷりの生クリームに毒薬を混ぜたりして?」
茶化してそう訊くと、ミリアは真面目な顔で頷いた。
「そうです。プリンのカラメルに仕込まれたら、苦みのせいで絶対にわからなかったですよ」
(イシュタル兄様、ミリアはぜったいそうだと思いますの!)
幼いミリアの自信に満ちた表情が、今の彼女によみがえる。
「水をいただけますか? ちょうど喉が渇いていたのです」
俺は繋がれたままだったので、ミリアがツボの水を飲ませてくれた。口に含んだ水は、なんだかやたらと美味かった。
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