第15話 谷間の村 その4
馬にやる飼い葉と水に細工をしていると、リーンからの合図が聞こえてきた。今夜も平和に過ごせるだろうと高をくくっていたけど、ついに敵がやってきたのだろうか?
「よしよし、大丈夫だから安心して寝てな」
起きてしまった馬の首筋を撫でてやってから、そっと馬小屋を抜け出した。
気配を消しながら笛の音を頼りにリーンを探すと、石壁のすぐそばに立つ彼女を見つけた。一人ではなく、抜き身の剣を下げた騎士と対峙している。月明かりでもわかるくらいに騎士の顔は青ざめていた。
「なにがあった?」
後ろから声をかけると騎士はびくりと体を震わせていた。
「こいつ、裏切り者ですよ。防御結界を壊そうとしていたんです」
「違う! 私は命令を受けて正義と信仰のために……」
騎士は泣きそうな顔でリーンの言葉を否定する。
「誰の命令だ?」
「それは……」
言えるわけがないよな。だが、白状させるのが俺たちの仕事だ。いや、本来そんなことは退魔師の仕事ではないのだけどな……。これもミリアのためだから仕方がない。
「どうせイアーハンのスパイですよ。村の外では魔物をおびき寄せる魔香が焚かれていましたから。もちろん処理しちゃいましたけどね」
外では魔物をおびき寄せ、内部ではこいつが結界を破壊か。
「お前を
「クッ、酒保商人に騎士が捕まると思うな……」
「アンタは二つ間違っている」
リーンがつぶやくように騎士に語りかけた。そうやって隙をつこうとしているのだろう。
「一つ、私たちはただの酒保商人じゃない」
「なに……?」
リーンは騎士に語りかけながら、円を描くように騎士の後ろへと回り込んでいく。
「もう一つ、アンタはもう騎士じゃない。ただの薄汚れた裏切り者さ!」
いつの間にか騎士は俺とリーンに挟まれる立ち位置になっていた。
「これもガイア法国のためなのだ! 許せ、法国のために死んでくれ!」
騎士は剣を振り上げて襲い掛かってきた。カクテルのおかげでこの騎士のスピードも腕力も上がっているようだ。だが、まだ俺の敵ではない。うなりをあげて
「バ、バカな!?」
痛む手首を抑えて俺を見つめる騎士の目に恐怖が宿っている。
「無駄だ。大人しく投降しろ」
「クッ……。だが、まだだ! 私にはこれがある!」
騎士はポケットから真っ黒な何かを取り出した。
「気をつけろ、あれは
男の取り出したものを見て、俺はリーンに注意を促した。破滅のタリスマンは自分の命を犠牲にして、わずかな時間だけ使用者の戦闘能力を三倍も高める呪われたマジックアイテムである。たしか、神殿の危険物保管庫にいくつかしまわれていたはずだ。
タリスマンの放つ
「くくく、力が込み上げてくる。さすがは神殿の秘宝……」
神殿の秘宝だと? こいつ、何を勘違いしているのだ。たしかにそれは神殿に保管されているが、宝なんかじゃない。
「クロードさん、私にやらせてください」
「わかったが、気をつけろよ。そいつも俺がドーピングしちまったからな」
底上げされた力が三倍になっているのだ。本当は生け捕りにして事情を白状させたかったけど時間がない。破滅のタリスマンを使ってしまった以上、奴の死は間近だ。おそらく5分くらいのものだろう。
「私は神の力を得た! お前たちは国のために死ねっ!」
拳を使った騎士の攻撃を、リーンは紙一重で避けた。相変わらず戦闘を楽しむ癖がとれていない。遊んでいる暇があるのなら、さっさと決着をつけるべきなのに、そうしないのが彼女の欠点だ。自分の命をベットして、スリルと勝利の快感を増幅させようとしている。
「リーン、油断をするな!」
「わかっていますって。もう、勝負はついてますから」
再び振り下ろされた騎士の腕がぽとりと落ちた。
「ぐううう……」
リーンが得意とするワイヤートラップがいたる所に仕掛けられていた。その糸はほとんど見えないくらい細いのに、肉体を切り裂くほどに魔法強化されている。むやみに動けば体中が切り刻まれてしまう恐ろしい仕掛けだ。
腕を切り落とされてなお、騎士は歩き出そうとしたが、今度はその足首がざっくりと切れてしまう。バランスを崩した騎士はその場に倒れてしまった。
うずくまってうめき声をあげる騎士に、俺は再び質問した。
「破滅のタリスマンを使ったアンタはもうじき死ぬ。死ぬ前に誰の命令でこんなことをしようとしたのか答えてくれ」
「破滅のタリスマン? これは
「そんないいもんじゃない。それは生命エネルギーを糧にして一時的に使用者の能力を上げる呪いのアイテムだよ。アンタ、
「うそ……だ……」
騎士は絶望に染まる表情で俺を見上げた。
「そろそろ体の異常を自覚しているんじゃないか? 胸が苦しくなっているだろう」
「そんな……、私はこれが国のためになると……」
「アンタをだましたのは誰だ?」
「うそだ、うそだ、うそだあああっ! ゴボッ」
騎士の絶叫は
「おい、そこで何をやっている!?」
光魔法で俺たちを照らしてきたのは
「リーン、シルバーシップに乗ってレギア枢機卿に報告してきてくれ。聖百合十字騎士団に内通者がいたとな。しかも神殿上層部の誰かが糸を引いている。心当たりがないか訊いてみてくれ」
「了解っス。クロードさんは?」
「わざと捕まって敵のリアクションを待ってみるさ。スパイは他にもいるかもしれない」
俺たちは死んだ騎士を見下ろした。立ち去ろうとしたリーンに大事なことを付け足しておく。
「レギア枢機卿から命令書をもらってきてくれよ。濡れ衣を晴らすのに必要だからな」
極秘任務に就いているので、自分たちの身分を証明するものは何も持っていない。一時的にミリアに拘束されたとしても、レギア枢機卿の命令書があれば俺の言うことを信じてくれるだろう。
シルバーが空を飛べば、夜明け前にはグラハム神殿に到着するはずだ。リーンが戻ってくるのはだいたい昼くらいか。昼飯までくらいなら、たとえ拷問にかけられても耐えられるかな……? やれやれ、やっぱりこんな仕事は一刻も早く引退するべきなのだ。俺は走りくる小隊を待ちながら、大きなため息を抑えきれないでいた。
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