第13話 谷間の村 その2
細く
「私たちも体力がついたのかしら? 以前よりもぜんぜん疲れないわ?」
「ああ、俺なんてこのまま頂上まで走っていけそうなくらい元気だ」
騎士たちの会話を聞いて、俺は
問題は馬だな。騎士が疲れも見せずに歩いているというのに、馬の方はゼイゼイと
聖百合十字騎士団が真の精鋭になるためには馬の強化も必要だろう。この騎士団で使われている馬は、気性の荒くない優しい馬ばかりなのだ。乗り手と同じで穏やかな馬ばかりがそろっていて、まったくもって軍馬っぽくない。戦場を駆け抜けるよりも、スミレやクローバーの花を食べているのが似合う馬ばかりだ。ミリアのためにも、もう少したくましくなってもらわないと困る。
俺は横で歩いているリーンに
「リーン、今夜は馬の飼い葉に細工をするぞ」
「騎士の次は馬ですか? ずいぶんと騎士団に
「アイドル騎士団がどれほど強くなるかが楽しみになってきちまったんだよ」
それもまた真実だ。坊ちゃん嬢ちゃんたちを最強の騎士団に育て上げるという目標に、俺は密かな喜びを感じ始めていた。
太陽が山の向こうへ沈む少し前に、騎士団は谷あいの小さな村に到着した。岩を積み上げただけの塀が、ぐるりと小さな集落を囲んでいる。その上を小さな子ヤギが飛び跳ねて遊ぶ、なんとものどかな光景がひろがっていた。ここは牛やヤギの放牧が主産業の土地のようだ。今夜はここで宿泊となる。
俺はシルバーから荷馬車を外してやった。
「お疲れさん、散歩でもしてくるか?」
「ブルル」
シルバーは小さく頷いて散策に行ってしまった。
「暗くなる前に戻って来いよ!」
遠ざかる背中に声をかけると、振り返りもせずに尻尾だけで返事をしていた。
「まったく、生意気なお馬様ですよ」
リーンが小さく悪態をつく。まだ、胸を噛まれたことを根に持っているようだ。
「だが、シルバーじゃなかったらこれだけの荷物を運ぶのは不可能だぞ」
酒保商人の荷物は大量なのだ。しかも荷馬車はアンチマジックシールドがはめ込まれた特別製である。急峻な山道を一頭だけでこれを運べる馬は他にはいない。
「文句はそれくらいにして、開店準備をしよう。そろそろお客さんがやってくるぞ」
宿泊の準備を終えた騎士たちは、やることがなくて酒保を訪ねてくるのだ。そういう人たちに酒や食べ物を出すのも大事な仕事だった。
「俺は酒瓶を並べるから、リーンはナッツとドライフルーツを頼む」
「へーい……」
リーンは完全に酒保商人の役に飽きてきているな。バトルジャンキー気味のリーンにしてはよくやっているのだが、少しはガス抜きが必要か?
「リーンも散歩に行ってくるか?」
「馬と一緒にしないでください」
そうは言っても、リーンの表情は気だるそうだった。俺もあんな感じだったのかな? 最近でこそ仕事にやりがいを感じているが、つい先日までは退魔師を辞めたくて仕方がなかったのだ。だから、リーンの気持ちもわからんではない。こいつは戦いが好きだからなあ……。
今夜は、飼い葉にカクテルを施すのは俺一人で行って、リーンには周囲の哨戒を頼むとするか。運が良ければ魔物に遭遇なんてこともあるだろう。そうなればリーンのストレスは解消されるし、この村も魔物に襲われるリスクが少しだけ減るというものだ。
そんなことを考えていたら最初の客が来た。
「店主、昨日のカクテルとやらを頼む」
二人連れの騎士が最初の客だ。二人は昨日から俺のカクテルを飲み始めた。このカクテルというのは数種類の酒を混ぜ合わせたもので、気分に合わせて様々な味を作り出すことができる。もちろん魔法の細工もしてあり、騎士たちの能力アップもはかれる。俺の店の常連であるほど、ステータスアップが見込めるのだ。
「なにをおつくりしましょうか? 今日はふもとでオレンジを仕入れておきましたので、オレンジのしぼり汁にウォッカを混ぜたものなんかがお勧めですよ」
「美味そうだな、それを貰おう」
「私は昨日のソーダ割をお願い」
材料をミスリル銀のシェーカーに入れた。俺の手で見えないけど、表面には小さな魔法陣が彫られた特別製で、魔力伝達がやたらといい。氷冷魔法でシェーカーを冷やしながら、スキル『カクテル』を発動する。
目の前の騎士はがっちりとした体つきで、パワーは申し分なさそうだ。だったら素早さを添付してやることにしよう。
シャカシャカシャカ……
「お待たせしました。ウォッカのオレンジジュース割りです」
こっちの女騎士は線が細いな。防御力を上げてやるとするか。同じくミスリル銀でできた、特別なマドラーを使って……。
コポコポコポ……、クルクルクル……。
「どうぞ、ジンのソーダ割りです」
スペアミントの香りとレモン果汁が爽やかさを添えている。
「こんばんは、店主。ハチミツビアをお願い」
常連さんが続々とやってきた。さて、夜まで頑張るとしますか。
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