第12話 谷間の村 その1

 ミリアが率いる別動隊が本隊に再合流したのは翌日の昼過ぎだった。考えていたよりもずっと早くミリアたちが戻ってきたので、シシリアはとても驚いていた。俺たちはいま、三人で本陣の天幕にいる。

「ずいぶんと早いお戻りでしたが、村の病人たちは……」

「疫病は治まったわ。それもこれも――」

 ミリアが俺の方を見て、小さく息を呑んだ。俺が魔法薬を作ったことは内緒にしてくれと頼んだのを思い出したのだろう。

「その、いろいろあってね……。とにかく、治療は完了したわ」

「はあ……。ところで、どうしてクロウ店主がここにいるのですか?」

「それは、クロウ殿にお茶をふるまうためよ。私がお誘いしたの」

 ミリアは従者を使わず、自らお湯を沸かして、紅茶を淹れる準備をしている。鼻唄交じりに茶葉を取り出す姿は、たいそう機嫌が良さそうだ。

「クロウ殿はミルクとレモンどちらを入れますか?」

「ミルクをお願いします。あの、お構いなく……」

 ミリアにしたわれるのはとてもうれしいのだが、シシリアの視線が痛い。本陣の天幕でお茶に招待される酒保商人なんて俺くらいのものだろう。

「詳しくは言えないけど、クロウ殿にはお世話になったの。シシリアからもお礼を言ってね」

「そう言うことですか。クロウ殿、ありがとうございました」

 何かを察したようで、シシリアは丁寧に頭を下げた。

「とんでもない。称賛しょうさんされるべきは団長と騎士団の行動ですよ」

 これでミリアと聖百合十字騎士団の名声が上がるのなら俺も満足だ。

「はい、クロウ殿。お茶がはいりましたよ」

ミリアはニコニコとティーカップを置いてくれた。しかし、俺も予想外に頑張っているよな。もともとは退魔師を引退して、南部のザカレアでのんびり過ごすために引き受けた仕事だったのに……。

「美味しいですか?」

 ミリアが覗き込むようにしてティーカップの向こうから俺を見つめている。ちょっとだけ心配そうな顔だ。

「こんなに美味しいお茶は初めてです」

 破顔一笑はがんいっしょう。ミリアの笑顔に花がほころび、星が降る。我が選択に一片いっぺんの悔いなし! であった。




 特に事件も起きないまま二日が過ぎた。俺はいつも通り食料に細工さいくをして、ドーピング効果のあるスイーツを作り続ける。今晩も見張りの従者を眠らせて、リーンと小麦粉や野菜にカクテルを施していた。

「毎晩、毎晩、面倒ですね」

 リーンは退屈そうに箱から小麦粉の袋を引っ張り出す。

「仕方がないだろう、カクテルの効果は24時間しか続かないんだから」

 まとめてやっておければ楽でいいが、24時間以内に摂取せっしゅしないとドーピング効果はなくなってしまうのだ。使いきれなかった食材には魔法をかけ直さなければならない。

「文句を言ってないでさっさと終わらせるぞ。今晩中に明日のプリンも作っておかなければならないんだから」

 リーンは気に食わない顔で俺を見つめる。

「また団長のご機嫌取りですか? ひょっとして聖百合十字騎士団に入れてもらいたいとか?」

「まさか。ここの騎士団は真面目過ぎるよ。今日だって路肩に落ちていた農夫の荷馬車を助けてやっていたもんなあ」

「ふつうの騎士は無視しますよね。まあ、かわいいっちゃ、かわいいですけど」

「お、リーンにもお目当ての騎士ができたか?」

「やめてください、自分が股を開くのはクロードさんだけっス」

「言い方!」

 これがなければリーンはもっと素敵なんだがな……。

「それにしてもイアーハンの奴らはぜんぜんやってこないですね」

 俺もそのことは気になっていた。襲撃をかけてくるのはまだとしても、偵察に来ている気配さえない。奴らが来ればすぐにわかるように結界を張っているのだが、反応はまったくなかった。

「結界が見破られているってことはありませんか?」

「可能性はゼロじゃないけど、どうだろうな? リーンならあの結界を見破れるか?」

「無理です。すぐに見つかって、クロードさんに捕まって、淫らな尋問じんもんを受けちゃいます」

「そんなことするかっ!」

 カクテルで自白剤を合成すればいいだけだ。やったことはないけど。

「にしても、俺もあの結界には自信がある。ということは奴らはまだやってきていない可能性が高いわけだ」

「おそらく、ファーレン山脈を抜けてからでしょうね」

 山を越えれば国境線はすぐそこだ。特殊部隊なら森の中の間道にも詳しいだろう。逃げ道も確保できる。

「俺もそう思う。ということはあと5日くらいしか猶予はないということだな。山脈を抜けるまでに騎士団をできるだけ強化しないと」

 そして、ミリアにはさらなるパワーアップも必要だ。明日のプリンは念入りに作らないとならない。だが、性急なパワーアップは肉体が耐えられないから焦りは禁物だ。

「よし、これで完了だ。帰って、カラメル作りから始めるとしよう」

「なんだか張り切っていますね。いいなあ、私はこんなに尽くしているのにプリン一つ食べさせてもらえないんだ……」

 急にリーンがしょげだしたぞ。考えてみればリーンはよくやってくれているよな。神殿関係者にドーピングはしないようにしていたけど、少しくらいはいいか?

「わかった、今日のプリンはリーンにも食べさせてやる」

「ほんとですか!? いまさら、やっぱなしはダメですよ」

「そんなことしないって。たまにはリーンにもご褒美をあげないとな。あとシルバーにも」

 自分だけ食べさせてもらえなかったと知ったら、プライドがファーレン山脈よりも高い天馬は、絶対に動かなくなるはずだ。

「私は馬と同じ扱いですか? なんか屈辱」

「そう言うなよ、美味しく作るからさ」

「だったら、クロードさんが食べさせてください。お嬢様、お口を開けてください、って感じで」

「バカ言ってるんじゃない。そんな恥ずかしい真似できるか」

「そんなぁ! 半日膝枕とかディープキスとかのオプションもつけてくださいよ!」

 ごねるリーンを無視して、シルバーの待つ荷馬車へと戻った。


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