第11話 疫病の村 その3
表に出ると小さな女の子が地面に倒れているのが目についた。
「さあ、もう大丈夫だぞ。この薬を飲むんだ」
少女を抱き上げて、できたばかりの特効薬を飲ませていく。息をするのさえ苦しそうだったが、少女は少しずつ薬を飲み込んだ。
「
薬の効果は劇的で、すぐに少女の呼吸は穏やかになった。
「名前は?」
「ノーマ」
「家はどこだ?」
ノーマはまだ力が入らない手で指し示した。
「よし、運んでやるからな」
抱き上げたノーマは悲しくなるほどに軽い。元気になったら何か食べさせてやらないといけないな。体力がつくようなお
ノーマがかすれる声で訊いてきた。
「お母さんとお父さんにもお薬をくれるの?」
「もちろんさ、俺たち聖百合十字騎士団はそのためにきたんだよ」
俺は荷物とノーマを担いで、治療を急いだ。
特効薬は目覚ましい効果を発揮した。
「素晴らしいですわ、クロウ殿」
俺の横に立つミリアも
「みんなのお役に立てて良かったです」
「お役に立てたなんてものじゃありませんよ。今日いちばんの功労者はクロウ殿ですから。さあ、夕飯にしましょう。クロウ殿も私と一緒に……」
「しかし……」
酒保商人と騎士団長では身分が違うから、本来ならそんなことは許されない。
「良いではないですか。皆もクロウ殿がただ者ではないことはもうわかっています。たとえそうじゃなくてもこんな折です」
ミリアはニコニコと俺を夕飯の席に誘うと、他の騎士たちも笑顔で同意した。
「我々は共に疫病に立ち向かった戦友ではないですか」
「遠慮されることなどなにもありません。さあ、クロウ殿」
さすがは善人騎士団の面々だ。身分など考えずに、
「それでは、今日だけは遠慮せずにご馳走になります」
そう言うと、30名の騎士たちは喜んで俺を仲間に迎えてくれた。
翌朝は雲一つない快晴で、聖百合十字騎士団は
「お兄ちゃん、明日も来てね」
すっかり元気になったノーマが俺を見上げてにっこりと微笑む。昨日は死にかけていたのだけど、俺が薬を飲ませたら、三時間も経たないうちに走り回っていた。
「明日は無理かなぁ。いつかまた来たいとは思うけどね」
「えー、私、お兄ちゃんの助手になりたかったのに……。ずっとお手伝いしたかったよ……」
いうことがいちいち可愛い子である。
「俺にはリーンっていう助手がもういるから、これ以上は増やせないなあ」
しょんぼりしてしまうノーマの前で腰をかがめ、彼女に視線を合わせた。
「そんなに悲しそうな顔をするなよ。君に
「祝福?」
「そうさ、君がこれからも元気で幸せに暮らしていくためのお手伝い」
俺はノーマの額に手をかざし、神聖魔法の祈りを唱える。これは人々の憂いを軽くし、生きる活力を与える高位魔法の一つだ。
「すごいお兄ちゃん、まるで神官さんみたい!」
「た、たまに言われるかな……」
いちおう、本物の神官さんなんだけどね。懐からガラス瓶を出してノーマの小さな手に握らせた。
「きれい……、これ、宝石?」
瓶の中では色とりどりのキャンディーが日の光に輝いている。
「残念ながらただの飴。でも、とっても美味しいぞ、なんせ俺の手作りだからな」
「私にくれるの?」
「ああ、いっぱい手伝ってくれたお礼だ」
本当は騎士団に食べさせる予定のドーピングキャンディーだけど、これもガイアのお導きかもしれない。
「これからも辛いことはあると思うけど、幸せになれよ」
「うん……幸せってなに?」
子どもの素朴な質問はしばしば俺をびっくりさせる。
「楽しかったり、嬉しかったりする瞬間を感じ取ることかな? だから幸せってのは本人次第だぜ。しっかり感じとれよ」
「だったら、やっぱりお兄ちゃんと一緒にいたいよ。私、昨日はずっと幸せだったもん」
俺は何も言えずにノーマの頭を優しく撫でることしかできなかった。
「出立!」
命令を告げるミリアの声が響き渡る。俺は小さく微笑んでノーマに背を向けた。
◇
それは一つの
実際、彼女はその3年後に才能を認められ、地方神殿の神官見習いになっている。そこで順調に
辛い現場も経験したノーマだったが、彼女はいつも明るい目をしていた。
「大丈夫、私は幸せになりますから!」
それが、ノーマの口癖だった。それでも元気が出ないとき、彼女はカラフルなキャンディーを好んで食べていた。
「これを食べると元気が出るのよ」
それはクロードが作った特別なキャンディーではなかったが、思い出を呼び起こす味は、いつもノーマを勇気づけてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます