鬼に絡まれた

「見つけたぞ!」

 いきなりの大声が、鋭く僕の背中に突き刺さった。

 条件反射で振り向くと、真っ白でアフロのように頭をフワフワさせ、鬼のお面を被った人物がいた。全身白タイツで、下半身は鬼柄のハーフパンツを履いている。


 この日は学園祭。しかしこのときの廊下には、僕とアイツしかいない。

 完全に不審者にロックオンされてしまったか。


 僕は身の危険を感じ、その場を去ろうとした。

「動くな!」

 冷たい怒声を浴び、足がすくんでしまった。

 何かに縛られているわけではないのに、動くに動けない。

 鬼は容赦なく僕に迫る。今にも命を奪う意思を固めたかのように。


 僕が再び彼の方を向くと、ゼロ距離まで鬼の顔が迫っていた。うっかりキスしてしまうんじゃないかというぐらい近い。このあとどうなるんだ? お金でも取るのか。それともナイフでも取り出し、心臓を一突きしてしまうのか。

 それほどまでにおぞましい殺気が、間近で燃え上がっているように感じた。


 次の瞬間、鬼はいきなり頭を下げた。

 何も言わずにそうした。僕にはさっぱり意味がわからない。

「食べろ」

 鬼はふわふわした髪の毛を僕に差し出した。確かにそれはカツラっぽい。でも頭に着けている以上、食べていいものとは思えなかった。


「でもこれって……」

「いいから食え」

 鬼は静かに強調する。その声色は大人しかったが、「やらなきゃ殺す」という残虐さが、裏に密かにこもった感じだった。

 僕は彼に言われたとおり、鬼の髪の毛を口で少しだけかじりとった。


 その瞬間、砂糖をベースにしたような純粋な甘味が、口の中で広がる。


「私は綿あめ鬼」

 謎の鬼はそう名乗った。

「綿あめ鬼って何ですか?」

「何のことはない」

 鬼は顔を上げながら、どこか涼しげな様子で答えた。

「頭の綿あめを人に食べさせながら、旅をしている鬼だよ」

「そ、そうなんだ」


 意味不明なキャラ設定に、僕は困惑するしかなかった。

「ただし、ダイエット中の人にはあげない。むしろトレーニングでとことん鍛えちゃうのさ」

 最後に謎の言葉を残して、鬼は去っていった。

 そのとき、一人ぼっちの廊下の空気が、無駄な冷気を失ったように感じた。

 緊迫のひとときが過ぎた途端、僕は思わず腰を抜かした。

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