緑のオーラ

 校舎に入ると、生徒たちがさまざまな色に包まれながら廊下を行き交っていた。

 一人の生徒は黄色いオーラに全身を包まれている。きっと前日あたりにうれしいことでもあったのだろう。

 そうかと思うと僕の後ろを追い越した女子は、赤いオーラとともに、カリカリした足取りで玄関の近くにある階段を上がっていく。それは怒りを示している。何が彼女をそんなに苛立たせているのだろう。


 他にも水色、ピンク、オレンジなど、人によって色の違うオーラが見える。だから僕の視界は、常にカラフルでカオスな状態だった。


 僕が階段を上がろうとすると、背後から人が駆け寄る気配を感じた。

「志恩、ちょっといい?」

 そんな女子の声に振り向くと、そこにいたのは同級生の莉央奈だった。しかし莉央奈を包む緑色のオーラに、僕は嫌な予感がした。


 緑のオーラは、恨みを意味する。


 莉央奈とは3カ月前に分かれた。昨年に高校に入学してから、2カ月目で付き合い始めたのだが、交際中に僕は柔道部の練習でケガをしてしまった。入院先で板野監督からなぜか「お前は恋ボケしてるからそんなことになるんだ!」と怒られ、その剣幕に押されて莉央奈との別れを選んだのである。


 ちょうどケガが治って1日目に、また彼女が現れたのは、正直歓迎できる状況じゃない。僕は少なくともこの高校を卒業するまでは、柔道に専念したい。


「あれから考え直したんですけど、やっぱり忘れられないんです。付き合ってください」


 莉央奈は清純な笑みを浮かべながら、簡潔に思いをぶつけてきた。しかしそれに同意できる余裕はない。ましてや莉央奈の周囲は恨みの緑色に包まれている。裏があるのは明らかだ。


「断ります」


 僕はそれだけ言い残し、一段飛ばしで階段を上がり続けた。


---


 しかし、それで切り抜けられるほど、現実は甘くなかった。

 柔道部の部室から着替えて出てきたら、もうそこに莉央奈が待っていた。いつもの清純な笑みと、緑色のオーラと、柔道着に包まれて。


「ちょっと待って、お前は柔道部員じゃないだろ」

 しかし莉央奈はいきなり僕を捕まえ、大外刈りを見舞おうとした。僕はすぐに抵抗する。すると莉央奈は何を思ったのか、僕の内股に足を絡めたまま、体を裏返す。そのまま強引に後ろ側へ僕を倒そうとする。


「河津掛け!?」

 僕は莉央奈のやり方を悟り、すぐさま重心を落として抵抗した。

「やめろ、河津掛けは反則だぞ!」


「何してるの?」

 突如莉央奈の落ち着いた声が聞こえてきた。いつの間にか彼女は僕の目の前に立ち直っている。というより、格好は女子の制服。僕を見て戸惑った顔をしていた。まるで数秒前までやっていたことを自ら否定するかのように。


「莉央奈、僕に河津掛けしようとしたでしょ?」

「いや、私から見たら、あなたが透明人間と戦っているようにしか見えなかったわよ」

 彼女に言われたとおり、僕の体をとらえる者の姿はもうない。というより、僕が戦っていた莉央奈は、どうやら幻だったらしい。


「病み上がりで不安になりすぎて、幻覚でも見たんじゃないの」

 莉央奈はちょっと呆れた様子で語りかけた。

「そ、そうかな」

「柔道て結構ハードなスポーツだからね。ケガからの復帰で不安になるのは仕方ないわ。でもそれで幻覚まで見ちゃうなんてね。とりあえず深呼吸でもしたら」

 莉央奈に言われるがままに、僕は二回深呼吸をした。


「別れちゃったのは残念だけど、友達として今でも応援しているから、じゃあね」

 去りいく彼女は、オレンジ色のオーラに包まれていた。それは勇者を見守る太陽のように、大切な人を応援する意思を象徴している。


 僕は莉央奈の本心に安堵しながら、彼女の後ろ姿を見送った。

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