チープな点字ブロック

「まもなく4番線より電車が通過します」

 そのアナウンスを聞いて、僕は電車が来る方向に何気なく目を向けた。白く細長い杖をつき、場所を探りながらこちらへ向かってくる男性がいた。どうやら視覚障がいだ。

 僕は男性の進み方を見て、思わず危険を感じた。ホームから少し離れて並行する黄色いブロックから彼ははみ出し、なおもホームに近づいていた。今にも落ちてしまいそうだ。


 視覚障がい者の背後からは、不気味にも思える二つのライトを灯しながら、急行電車がだんだんと近づいていた。僕はとっさに彼のもとへ駆け寄り、今にもホームスレスレを進み続ける男性の体を抱き、力まかせにブロックの内側へ引っ張りこんだ。ともに後ろへ倒れ込む。その目前を、けたたましいクラクションとともに急行電車が凄まじいスピードで通過していった。


 一瞬で命を奪う凶器になるかもしれなかった鋼鉄の物体を見ながら、僕は戦慄した。それが通り過ぎるやいなや、抱きつかれた男性を気づかなわなければと思い直した。


「大丈夫ですか?」

「……ありがとうございます」

 視覚障がいの男性は、か細い声で礼を言った。声に反応して振り向いたようだが、僕の目からは少しズレている。


「どうかされました?」

 一人の駅員が慌てて駆けつける。

「すみません。こちらの男性が、ホームから落ちそうになっていたので」

 僕はすぐにそう説明した。

「ケガはありませんか。少し安全な場所で落ち着きましょうか」

「はい」

 男性は駅員の呼びかけに答えると、彼に介抱される形で駅舎へ向かった。


 僕も立ち上がり、目の前の点字ブロックを見た。

 あの人がホームから落ちそうになった理由がわかった。


 ホームと並行したブロックには、点字がど真ん中にひとつしかない。それが何枚も端から端まで続いているのだ。

 それもそのはず。


 僕が住んでいる市は財政難で、ちゃんとした点字ブロックの発注も満足にできなかった。

 最初に安すぎる予算を点字ブロックの業者に示して、ホームの端から端まで埋められる枚数を頼んだんだろう。その結果が、このチープな点字ブロックなんだ。そう思うとゾッとした。


 この場所では、困った人の命を守り切れないのか。未来は暗いな。

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