届かぬ文通

科文 芥

墓標

 1977年。米ソ宇宙競争の真っ只中、アメリカのNASAは二機の探査機を打ち上げた。ボイジャー探査機である。この探査機には一枚ずつ地球の生命、文化に関して記録したレコード盤が積まれた。後にゴールデンレコードと呼ばれるこのレコード盤は、遠く離れた場所にもしかしたらいるかもしれない地球外生命体との交流を図ろうと考えた中で、生まれた手段の一つだった。

 しかし、このレコード盤に対する返事はいくら待っても来ることが無く、人類は最期の時を迎えた。

 人類最期の日、一人の宇宙学者はボイジャー探査機とゴールデンレコードが送り主が消えた後、誰かに回収され人類の存在を伝える墓標となることを願った。



2699年。恒星間宇宙船

 ケプラー1649cを飛び立った恒星間宇宙船、この船は他の星の環境や、もしかしたらいるかもしれない知的生命体を探索するために航行していた。

 「あれはなんだ?」

恒星間ワープから抜けた後、操縦室でレーダーを見ていた航海士の一人が声を上げた。どうやら何か変なものを見つけたらしい。

 「いったん停船させましょう。自然でできたものとは違う浮遊物があります。」航海士が言う。

「わかった。機関停止、停船。」船長が指示する。

 『ビーーーーーー。』機関停止を知らせるビープ音が響くとエンジンの轟音はやみ、宇宙の静寂が船内を包んだ。

 「浮遊物は右舷30ベート(15メートルに相当)の位置にあります。」

航海士が言う。

「もしかしたら、知的生命体が打ち上げた衛星か何かかもしれませんね。どうしますか?回収しますか?」船内の科学官が言う。

「自然由来ではないとなるとその可能性が高いな。回収しよう。船外作業の要員を出してくれ、すぐに作業に移る。」船長はそういうと背筋を正し、右手の8本の指で頭を搔きながら3つの目でモニターに投影されたレーダーの波長を眺めた。

 ほかの銀河で自然に生まれたものではない何かを見つける、この様なことは彼が星外生命探査士となってから初めての事だった。初の船長としての業務で、この浮遊物を見つけることができ、彼の気持ちは高ぶっていた。

 「こちら船外作業員、準備完了しました。ドアコックの解放の許可をお願いします。」操縦室のスピーカーから声が聞こえる。船長はマイクに話しかける。

「こちら操縦室、解放を許可する。安全に気を付けて回収作業に当たるように。幸運を。」

 船長がそういうと『ドア開放。注意。ドア開放。注意。』という無機質な機械音と共に宇宙船全体に振動が走った。

 少し前までレーダーを映していたモニターは右舷の映像を映し出す。三人の作業員と30ベート先の正体不明の物体が見えた。作業員は気を使いながらその物体を掴むと、船のドアコックへと向かった。三人の手の中には奇妙な形の物体があった。『ドア閉鎖。注意。ドア閉鎖。注意。』という警告の後、気圧を調整する『プシューーー』という空気の流れる音が聞こえ、三人の作業員がおかしな、明らかに何者かによって作られたことの分かる金属の構造物を船内に運び込んだ。

 科学官と船長は小走りで物体の元へと向かった。

「これは...間違いないです。知的生命体の作ったものです。」科学官は興奮気味に言う。

「解析はできるか?」船長が落ち着いた、しかし何処か熱の入った口調で言う。

「この船では無理です。この物体を解析するとなると、恐らく一度帰って宇宙局の研究所へ運ばないといけません。」科学官は船内で解析できないことを悔やみながら残念そうに言った。

「分かった一度戻ろう。ここからなら3か月で戻れるだろう。」そういうと船長は操縦室に通じてる通信機のマイクに向かって、恒星間ワープの指示をだした。

 船長と科学官が操縦室に戻り、安全装置を装着した後。宇宙船は一筋の光と共にワープを開始した。



3か月と2週間後「ケプラー1649c宇宙局」

 「解析結果が出ました。この物体は700年以上前に地球と呼ばれる惑星に住む知的生命体が飛ばしたもののようです。中に金色の円盤が入っていました。彼らのメッセージと思われるものが記録されていました。おそらく我々より科学が進んでいない物も、我々と同じくほかの知的生命体とコンタクトを取ろうとしたのでしょう。」一人の科学者が手元のタブレットをいじりながら言う。

「彼らのメッセージはどんなことを言っていた?」宇宙局委員長は問う。

「ええ、そちらを今から委員長に聞いていただこうと思いまして、昨日我々の言語に翻訳した音声ファイルを用意させていただきました。こちらの再生マークをタップしてください。」科学者は委員長にタブレットを差し出した。

委員長はタブレットに映る再生マークを押した。

 音声が流れる。

「これは小さな、遠い世界からのプレゼントです。私たちの音、科学、画像、音楽、思考、感情を示したものです。私たちはいつの日にか、現在直面している課題を解消し、銀河文明の一員となることを願っています。このレコードは、広大で荘厳な宇宙で、私たちの希望、決意、友好の念を象徴するものです。」

音声は終了した。

 「このほかには何か入っていたか?」委員長は言う。

「はい、これ以外には音楽と思われるものや自然の写真、また我々と違い統一言語が存在しなかったようで様々な言語が収録されていました。一切敵対的と取れる物は無く、本心から友好的な関係を結ぼうとしていたことが伺えます。」

「そうか、私は政府から宇宙に関することの決定権は一任されてる。君からの意見を聞きたい。」委員長は科学者に聞いた。

「私個人としては、彼らの友好的な態度からとるに我々からの返事を出すべきだとおもいます。」科学者は言った。

「返事?使節を送るのではなく返事か?」委員長は不思議な顔をして言った。

「はい、返事です。というのも円盤の情報から推測するに、地球と我々の惑星の距離は300光年離れているようで、そこまで行くとなると恒星間ワープを数回繰り返さなくてはなりません。ですが...それだけ多くのワープを使うとなると莫大なエネルギーと、現在使用されている宇宙船の数百倍の耐久性が必要です。そして、それだけのエネルギーと耐久性を持った船は現状作れません。先日この円盤を持ち帰ってきた宇宙船もだいぶ消耗している状態でした。なのでだいぶ時間がかかることは承知ですが、彼らと同じよう方法で我々も返事を送るのが最適な手段だと考えています。」科学者は言った。

委員長は数秒程度、考え口を開いた。

「分かった。返事を出そう。すぐに衛星と円盤の作成に取り掛かろう。」

 この委員長の指示から1か月後、衛星はケプラー1649cの空に一筋の光を描き、返事を乗せて飛び立った。「無人」で「人の営みだけが残る」地球へと。

 放たれた衛星には地球で作られたものを参考にして作られた円盤が乗せられた。円盤にはこのようなメッセージが添えられた。以下は円盤に収録されたメッセージである。


「地球の皆さん、素晴らしいメッセージをありがとうございます。私たちは貴方たちの星から300光年も離れた場所に住む者です。私たちは長い間、この広く、寒く、空虚にも感じる宇宙で同じように知性を持つ『仲間』を探していました。そして今、私たちは貴方たちを認識することができ、貴方たちの送った友好的なメッセージに感銘を受け、返事を送りました。貴方たちと友好な関係を結べることを祈っています。もし返事を出せるのなら、または私たちと会えるのであれば、交流を図れることを祈っています。この暗い宇宙の中で貴方たちは一人ではありません。私たちがいます。共に明るい未来へと向かいましょう。」



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