23時32分

 西岡 仁は焦っていた。


 暴力団で荒事担当として、いろんなことをしてきた。暴力・恐喝・・・殺しもやった。

 だが、もういい年になって来た。

 組の中でも出世はもう出来そうもない。

 足を洗うか・・・


 その噂がいつの間にか広まったようだ。

 いままで対立してきた組織から何人もの殺し屋が迫ってきている。

 組は・・・もう何もしてくれない。

 このままでは、殺されるだけ。


 今も、尾行されているのを感じている。


 繁華街近く。

 黒いジャンパーに、スラックスで革靴。

 スニーカーにしておけばよかった。走って逃げる際に革靴は不利だ。

 繁華街を抜けて逃げるか・・それとも。


 いっそのこと警察に捕まって、刑務所に逃げ込むのもありかな。

 自棄になった仁。殺し屋が放つ殺気から、もう近くにいるのを感じている。

 繁華街の前にある川の橋を渡ると、タクシーが止まっているのが見えた。

 運転手の爺さんが、トランクを開けて何かをやっている。


 あいつをナイフでちょっと脅して、警察に捕まってしまうか。

 ちょうど、交番が近くにあったはずだ。

 持っている、唯一の武器であるナイフをポケットから取り出し、運転手の近くに行って、肩をつかんだ。

「こんなところにタクシーなんか止めるんじゃねえ、邪魔なんだよ!」

 理由なんかどうでもよかった。ただ、警察に捕まりたいだけでいちゃもんをつける。

 すると、運転手は動転したと同時に、トランクから何かを取り出した。

「や・・やめてくれ!」

 手に持っているのは・・・武器?スタンガンっぽい何か。


 ヤバい!

 そう思った仁は反射的に刺そうとした。仁も動転したのだ。


 ビー!!!ビー!!!ビー!!!


 けたたましい音とともに、明るい光。フラッシュライトが向けられた。

「何やってるんだ!やめろ!」

 橋の真ん中らへんで、何者かが運転手と仁をライトで照らしていた。


「くそ!!」

 動転した仁は、運転手を刺さずに繁華街の方へ走っていった。

 

 タクシーにもたれて、ずるずると崩れ落ち茫然とする運転手。

 事件は防げたのだった。





「ふぅ」

 

 息を漏らして、ライトを消した英治。

 これで、完了・・・




「ふん、邪魔しやがって」

 英治の背後から声がした。


 慌てて振り向く英治。

 その目に映ったのは、スーツの男が拳銃を取り出すところだった。


 英治に向けられた銃口。


 ブシュッ

 ブシュッ


 サイレンサーをつけられていると思われる、小さな銃撃音。

 そして、英治の腹部を襲う2発の衝撃。


 英治のジャンバーには黒いしみが広がっていく。


 橋の欄干にむかってよろめいていく英治。


 英治の腰くらいまでしかない欄干。

 英治は勢い余って、欄干を越えて・・・橋の下に落ちて行った。


 どぽん!


 鈍い水音。


 英治を撃ったスーツの男は橋から下を見下ろした。

 暗い水面。英治の姿は見えない。


「ふん!」

 男は、拳銃をしまうと繁華街の方へ走っていった。


 後に残されたは、タクシーのそばで、震えながら茫然としているタクシーの運転手。

 橋の反対側には駆け付けた楓。


 川面には繁華街の明かりが映っている。

 しかし、そこに英治は浮かんでこなかった。

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