打ち合わせ

 金曜の夕方、18:30。一人の女性がファミレスの席に座っていた。

 年のころは20歳そこそこくらいであろうか。パーカーにジーパンと、かなりラフな格好。化粧もしていない。

 だが、よく見ると美人である。パーカーでわかりにくいが、おそらくはスタイルもいい。大きな胸が隠せていない。

 だが、表情は・・・無表情だった。無表情と言うよりは、茫然としている。


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 私は、松下 楓。

 ファミレスで、ある少年と待ち合わせをしています。



 この2週間。あまりにたくさんのことがありすぎました。

 もう、なにがなにやら・・・訳が分かりません。

 でも、一つだけわかっていること。

 私は、その少年に救ってもらった。それだけは分かってます。


 2週間前。私は付き合っていた彼氏にビルの一室に閉じ込められて火をつけられて殺されるところでした。あとから聞いたところ、保険金目当てでした。

 そこに、突然巨大なハンマーを持った少年が現れて壁を破壊して助け出してくれました。


 10日前。彼氏は警察に捕まったけれど、勝手に私を借金の保証人にしていたため借金取りに追い回されるようになりました。

 なんと、五百万円も闇金融で借金していたそうです。

 もちろん、フリーターの私には払えません・・・


しかも仕事バイトを首になり家賃が払えなくなり・・・行く当てもない私はビルの屋上に上がり、夜をはかなんで自殺しようとしました。

 ところがそのビルの屋上に、なぜかその少年がいたんです。彼は、自殺を止めてくれました。

 そればかりか、その夜のうちに五百万円の借金を現金で返済してしまったんです。すごくお金持ちです。


 借金はなくなったけれど、まだまだ不安だらけ。

 私はどうしたらいいのだろう・・・

 私は、その少年に行くあてもない事を告げました。


 するとその少年はすぐにATMから、家賃も払ってくれました。

 ただ、それらの代償に・・


”僕のためにバイトしてくれませんか?”

 と言ったんです。



 彼の言うバイトとは、彼に変わって株の取引きをすることでした。

 言われるがままに証券会社に口座を開設し、今週から取引を開始。

 と言っても、朝に送られてくるメールに買う銘柄と時間と金額・売る時間が全部書いてあります。メールの通りに売買するだけなんです。

 とっても簡単なお仕事。でも精神的には・・・とてもハードでした。


 お借りした元手は50万円。それでも今の私には大金です。


 初日の月曜日、それが3倍になりました。

 その夜は興奮してなかなか眠れなかったことを覚えています。


 二日目の火曜日、それがさらに4倍になりました。

 夜逃げしようかと真剣に悩みました。


 三日目の水曜日、それがさらに2倍になりました。

 その日から、私は何も考えないことにしました。


 これはただの数字・・・これはただの数字。

 無よ・・・無になるのよ・・・


 そして、金曜日の今夜は一週間の報告のために待ち合わせしています。




 彼は、19時過ぎにやってきました。そういえば、まだ名前も知りません。

「楓さん、お待たせしました」


 大きなボストンバッグを持った少年が向かいの席に座ります。

 小柄な、高校生でも低学年くらいに見える少年。

 なにか、急いでいるような・・・眉間にしわを寄せた思いつめた表情。


「それで、結果はどうなりました?」


 無よ・・無になるのよ・・


「ひゃい・・・はい。結果はこうなりました・・」


 スマホで証券会社の口座にログインして、金額を見せる。


「なるほど、予定通りです。ありがとうございます」


 予定通りなんですね・・・そうなんですか・・・


 そこに表示されている金額。


 1億2百万円。


 もう、桁が多すぎて実感すらわかないです。

 庶民の私は見てはいけない数字。

 こんなお金が自分の口座にあるなんて考えてはいけない。

 だめ、これはただの数字なの・・・余計なことを考えちゃダメ。

 私はつつましく生きていくしかないの。


「では、来週もお願いしますね」

 優しく微笑む少年。

「は・・・はい・・私などでよければ何なりとめいれ・・・お使いください・・・」

 思わず、変なことを言いそうになる。

 私は、今はこの少年に頼るしかないんだ。

 捨てられないようにしなきゃ。


「ところで、バイト代を決めていませんでしたね」

「は・・はい!もう、いくらでも構いません」


「じゃあ半分でどうですか?」

「・・・・半分?」


 言っている意味が分からなかった。


「出した利益の半分です。いかがですか?」


 だんだんと少年の言っている意味が理解できて・・・いや、やっぱり理解できなかった。


 ぷるぷる・・

 ぷるぷる・・


 涙目になって、無言で首を横に振る。

 だめ、庶民の私がそんな大金を手にしてはいけないわ。ぜったい、ろくなことにならない。


「ほとんど楓さんが働いてるから少なかったですか?じゃあ・・」


 ぷるぷるぷるぷる!


 さらに激しく、首を横に振る。

 だめです。それは身分不相応です。


 もっと出そうという少年に、なんとか時給五千円にしてもらいました。

 それでも、こんなにお給料をもらうことになったことはないです。私、どうなっちゃうんでしょう?


「それで、この証券会社の口座のお金はどうしますか?」

「そのまま、楓さんの口座に入れておいてください。必要なら使っちゃってもいいですよ」

「そんなことしないです・・」

「あはは・・ではまた」


 重そうなボストンバッグを抱えて少年は出て行きました。やっぱり急いでいるようです。

 あ・・・また、名前を教えてもらえなかった・・・



 ふと思い出す。

 眉間を寄せた、思いつめたような表情。


 あれは2週間前に初めて会ったときと同じ表情。

 では、彼は今からどこに何しに行くんだろう・・・?


 まさか、危険なことをしようとしてる?

 だめ・・彼がいなかったら私はこの先どうすればいいかわからない。


 私は、あたふたとファミレスを出て少年の姿を探し始めました。

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