第8話 彼女の覚悟

 少女が一人、行方不明になった。

 少女の名はルミィ・ステンシア――いなくなったのは、丁度昼休みの時間だ。

 彼女が図書室へと向かった姿を見た者、廊下ですれ違った者、それに図書室での目撃情報もある。

しかし、それより先に彼女の姿を見た者は、一人としていない。

寮の部屋に戻ったわけでもなく、学園の外に出たわけでもない。

昼休みでも、図書室の受付には人がいて、誰が出入りしているかは確認している。

 学術的にも貴重とされる文献が遺されているからだということだが――それが、逆にルミィが『消えた』という事実を証明することになった。

 学園内ではまだ大きな騒ぎとなっていないが、すでに数名の講師が彼女の行方を探しているらしい。


「まさに『神隠し』というところか。伝承によれば、姿を消した者は『神の使者』に選ばれた――そう呼ばれることもあったらしいが、大抵は良からぬ者の仕業、というところだろうな」

「……はい、迂闊でした。『吸血鬼』がまだ――この学園に潜んでいる、なんて」


 中庭でベンチに寝転んでいると、近くに座っていたミナキがそう答えた。

『審魔機構』は情報を元に行動を開始する。

 吸血鬼がこの王都に潜んでいるという情報も、どこか信頼できる筋から手に入れた情報なのだろう。だから、ミナキが派遣されてきた。

 吸血鬼は種族としては優れているが、故に『誇り高い』。

 誰かと共に行動することは稀であり、自らが眷属を作り出して『支配者』として君臨するのが常だ。

 俺もまさか学園内にもう一人、吸血鬼が潜んでいるとは思ってもいなかった。

『姿無き者』という呼ばれ方をする吸血鬼だが、さすがに数名の学生がいる現場で誰にも気配を察知されずに一人を消すなど――本来はできるものではない。

 ただし、例外は存在する。そういうことができる吸血鬼は、紛れもなく『強い』と言えるが。


「レドゥさん、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「私は、あなたのことを『実力のある魔術師』だと判断しています。同時に、協力もしてくれたので、『悪人』ではないと思っています。レドゥさんは――本気になれば、吸血鬼の脅威から学生を守れますか?」


 俺はミナキの方を見る。真っ直ぐ俺に視線を向ける彼女の表情は、真剣だった。


「防戦はあまり得意じゃないが、『罠』を仕掛ければ守れる可能性はある。そんなところだな」

「そうですか。では――私から一つだけお願いがあります」

「お願い?」

「はい。レドゥさんが、私が傍にいることを好ましく思っていないのは……分かっています。なので、私は『あなたに二度と近づかない』ことを盟約とします。これで、私はあなたに近づくことはしませんし、あなたのことを他人に話すことはできません。その盟約を以て、学生達を守ってくれませんか?」


 ミナキの方から、そんな提案をしてくるとは思わなかった。

 はっきり言ってしまえば、これは駆け引きにはなっていない。

 俺がミナキよりも魔術師としては『上』という時点で、黙らせる方法がいくらでもあった。

 それを彼女も理解しているのだろう――だから、『お願い』としているのだろう。


「なるほど。それで、君はどうするんだ?」

「私は、吸血鬼を追います。元々、そのために来たんですから。それに、もう一人の存在に気付けなかった私の不始末でもあります」


 ギュッと拳を握り締めるミナキ。彼女の様子から感じ取れるのは、後悔。

 自分がもっとしっかり調査をしていれば、見逃すことはなかったと思っているのだろう。

 だが、この吸血鬼の行動は明らかに普通ではない。

 もう一人、学園に潜んでいたということは――吸血鬼は少なくとも片割れが捕まったことは理解しているはずだ。

 それなのに助けに入ることもなく、しばらくは沈黙を貫いていたことになる。

 つまり、『審魔機構の魔術師』がまだいるかもしれない状況で、わざわざ仕掛けてきたということだ。

 意図は分からないが、ミナキに対する挑発とも取れる態度だった。

 どんな相手だろうと、確実に勝てるという自信があるのか。


「吸血鬼を捕らえるのは、確かに君の仕事だったな。だが、『俺に二度と近づかない』だけでは、俺に対する見返りがないとは思わないか?」

「っ、見返り……ですか」

「そうだ。審魔機構に所属する魔術師の要請なら誰でも協力する――そういうわけでもないと、もう分かっただろう? 俺に協力を要請するのなら、君は俺に対して何ができる?」


 俺の問いに、ミナキは言葉を詰まらせた。

 魔術師となったから、全てが上手くいくわけではない。

 今、俺はミナキに『彼女の価値』を問いかけている。魔術師として、何ができるか――それが、俺の聞きたいことだ。


「……私にできることなら、何でもします」

「それを盟約にすれば、君は一生俺の『奴隷』になる可能性もある。それでもそう言い切れるのか?」

「はい。ただ、魔術師としての活動だけは、続けさせてください」


 それだけは譲ることはできない――そんな信念が感じ取られた。

 なるほど、これが彼女の覚悟か。


「――いいだろう。俺は『魔術師』として、ここの学生達を守る。仮にも王子でもあるからな」

「……! 協力に感謝します。では、早速盟約を――」

「それは後で構わない。吸血鬼を追うのなら、急いだ方がいいだろう」

「分かりました。戻りましたら、必ず盟約を結ぶとお約束します」


 ミナキはそう言って、背を向けて駆け出していく。

 きっと、彼女は本当に戻ってくるつもりなのだろう。


「……ああいうタイプは久しぶりに見たな」


 昔を懐かしむように、俺は小さく呟いた。

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