第7話 魔術師になるには

 翌日から、俺の『監視生活』がスタートした。……とはいえ、俺は生活スタンスを変えるつもりはない。

 朝早く起きたら、時々ランニングを実施している。体力が落ちないようにするためだ。

 それが終われば、寮で汗を流して朝食を取る。

 やる気が起きない時はサボることもあるが、基本的には講義に出席して、バレないように居眠りをする。

『無能王子』の肩書きは意外と役に立つもので、講義においてわざわざ俺のことを指名してくる者は少ない。故に、授業中は比較的快適な時間を送らせてもらっている。

 昼食時になれば、購買に向かって適当なパンを買う。

 昨日は学食であったが、『ミナキとの一件』もあるので、しばらくは使用するつもりはなかった。


 やはり、今朝方から多少は噂話にはなっているようだ。

『無能王子』が、どうしてミナキと一緒にいたのか、気になっている者もいるらしい。

 それこそ、誰にも説明できない理由しかない――何せ、『学年一位の才女』と呼ばれているミナキが『審魔機構』に所属する魔術師であり、俺のことを監視しているだなんて……言ったところで信じる者はいないだろうが。

 実際、ミナキは俺に接触してくるわけではないが、監視をしているということは分かった。

 授業中も、『魔術』を駆使した監視を俺に仕向けてくる。

 動物を象った精巧な作りの魔術で、それが魔術によるものとは誰も気付かないだろう。

 教室の外から、ジッと俺を見張っているのだ。

 今も、中庭で昼食を取る俺のことを監視している――というか、屋上付近からミナキ本人がこちらを見ているのも分かる。

 当然、その視線には気付いているわけだが、あえて見るようなことはしない。


 昼食を終えれば昼寝の時間だ――たまに寝過ごして授業をサボることになるが、そこは仕方ない。寝過ごさなければ、授業に出席して居眠りをする。

 放課後になれば、気分で昼寝ができる場所を探す。

 大体は中庭か、屋上。校舎裏なんかも俺にとっては良い昼寝スポットだ。普通に寮に帰って寝る時もあるが、この三か所で俺は良く昼寝をしている。

 このルーティーンが俺の学園生活の鉄板であり、基本的にはこのスタンスを崩さない。

 一日目、二日目、三日目――特に変わることのない日常が続き、俺もミナキの『監視の目』に慣れてきた頃だ。


「寝てばっかりじゃないですか……っ!」


 放課後、屋上で昼寝をする俺に痺れを切らしたのか……ミナキが呆れたような表情でそう言い放った。

 俺が『人の目を引く行為が迷惑』と言ったからか、目立たないところで話しかけてきたことは評価できる。できれば静かにしておいてもらいたいところなんだが。


「君は俺に何を期待していたんだ?」

「期待というか……あなたの強さの秘密が分かるかと思って……」


 監視することも律儀に宣言していたが、俺の『秘密を探りたい』と隠さない辺り、根は真面目で良い子だということは分かる。

 秘密は分からないようにするから秘密なのだと、言ってやりたい。

 仮に俺がまだ審魔機構に所属していた頃であれば、色々と教えることもあったかもしれない。

 だが、今の俺は審魔機構とは無関係の人間で、この国の王子だ。……王子としての役目を全うするつもりはないが。


「そもそも、君は少し前から俺のことを見ていただろう。その時と全く変わらない生活を送っているだけだ」

「それは……そう、ですけど」

「君の納得できないという気持ちも分かるが、俺と君は違う――ただそれだけだ。魔術師の在り方なんて、人それぞれだからな」

「……魔術師であることは認めるんですね」

「今更、魔術師でないと否定したところでどうしようもないからな。俺が『平和主義者の魔術師』であると納得してくれるのが一番なんだが」

「……っ。あなたの、言いたいことも分かります。けれど、私にはやっぱり納得できません」

「何が納得できないんだ?」

「……魔術師って、そんな簡単になれるものではないでしょう」


 ミナキは視線を逸らし、小さな声でそう呟いた。

 ――なるほど、以前に彼女が『納得するわけにはいかない』と言っていた理由はそこにあるのだろう。

 吸血鬼を倒せるだけの力など、一朝一夕で手に入るはずもない。それは、俺もよく理解していることだ。

 ミナキから見れば、俺の今の生活を見ていて、どうして吸血鬼を圧倒できる力を持っているのか、不思議でしょうがないのだろう。

 それが、彼女にとっては看過できない『異常』ということになる。真面目な性格であるが故に、というところか。


「……俺から言えることは、俺も簡単に魔術師になったわけじゃない。君が魔術師になるために努力をしたように、俺にもそういう時期がある――そういうことだ」

「あ……そう、ですよね。すみません、少し軽はずみな発言をしました」

「いや、構わないさ。実際、俺は君の前では普段通り昼寝しかしていないからな。それで、『監視』はいつまで続けるつもりだ?」

「自主退学の手続きは月末に受け付けられるので、あと二週間ほどです」

「そうか。なら――その間に納得できるようになるといいな」


 俺からミナキに向けてやれる言葉は、これくらいだ。

 一応、彼女が俺の後輩にあたるのだから、少しくらい応援する言葉をかけてもいいだろう。

 どのみち、あと二週間ほどで彼女はこの学園を去ると言うのだから。


「……はい。そのための監視ですから。それでは、私は戻ります。レドゥさんも、授業は極力サボらないようにしてくださいね」

「ああ、そこそこにするさ」


 俺はひらひらと手を振って答える。

 ミナキが俺を監視したとして、何か起こるわけでもないだろう。

 あとは、彼女が『納得』するかどうかだけなのだから。

 ――それから何事もない日々がまだ三日続いて、『事件』は起こった。

 学園の生徒が一人、『校舎内』で行方不明になったのだ。

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