第6話 力を隠す理由

「私……確かに『放課後、中庭にてお待ちしています』ってメモを残しましたよね……? どうして、こんなところにいるんですか……?」


 寮の部屋の前に、刺すような視線を向ける少女――ミナキがいた。

 わざわざ俺のことを探してやってきたらしい。


「今日は体調が悪くてな」

「体調が悪いようには見えません。嘘を吐いて逃げようとしないでください」

「……分かった。一先ず目立つから中に入れ」


 部屋に来てしまった以上は仕方ない。

 俺はミナキを部屋に招き入れる。彼女を椅子に座るように促し、俺はベッドに腰を下ろして話を聞くことにした。


「それで、俺に何の用があるんだ? すでに君の仕事は終わった、と俺は認識しているが」

「はい、その通りです。あなたのおかげで捕らえることができた『吸血鬼』は、すでに仲間に引き渡しました。私はまだ手続きがあるのでここに残っています」


 手続き――魔術学園の退学手続きだろう。

 それくらいのことなら、残らずともできそうなものだが……下手に話すと余計なことを勘繰られるかもしれない。

 ここは、彼女に合わせて話すことにしよう。


「なるほどな。それなら、しばらくはここに残るわけだ」

「そういうことになりますね」

「それなら、何故わざわざあんな目立つことをした?」

「……目立つこと、ですか?」

「俺と君に関わり合いがあるかのように見せたこと、だ。『審魔機構』について詳しいわけじゃないが、潜入捜査をしに来たんじゃないのか? もう仕事が終わったとはいえ、わざわざ他の生徒の目を引くようなことをされると迷惑なんだが」

「っ、そ、それは考慮に入れていませんでした。申し訳ないです……」


 俺の指摘を受けて、素直に頭を下げるミナキ。――なるほど、やはり彼女は真面目な性格らしい。


「まあ、君はいずれこの学園を去るだろうから、俺はあまり気にしていないが」

「! そう、その通りです。私はそれほど、長くはこの学園には在籍しません。ですから……この短い間に、あなたのことを知りたいと思ったんです」

「俺のこと……?」


 ミナキが真剣な眼差しを俺に向けて頷いた。


「それは告白か?」

「ち、違いますっ! どうしてこうみんなそんな風に――」

「みんな?」

「……こほん、何でもありません。はっきりと言いますが、吸血鬼を単独で捕らえることができるレベルの学生なんて、『異常』という他ありません。手伝ってもらったことには感謝していますが、他の人に自分の存在を他言できないように魔術の盟約まで交わさせるなんて、どう考えたっておかしいです」

「そのことか」


 ――ミナキの言うことは間違ってはいない。

 確かに、俺からしても学生の身分でそんなことができる者はまずいないだろう。

 俺が捕らえた吸血鬼は決して強い部類ではなかったが、『吸血鬼』は単純に人間とは異なり、『種族として強い』と言える。

 いくら優秀な学生だったとしても、魔術師になる前の身で吸血鬼に勝つことは難しい。

 そもそも、魔術師であっても勝てる者が限られるのだから。


「仮に俺が魔術師としての実力を知られたくないからと隠していたとして、何か問題があるのか?」

「問題って……それだけの実力があるのなら、どうして『無能王子』などと呼ばれても黙っているんです? 吸血鬼すら圧倒する力があるのなら、わざわざ学生として学園に通う必要なんてないじゃないですか。魔術師として、私と同じように活動ができるはずです」


 理解できた――ミナキが疑問に思っている点は、俺が『無能王子』と呼ばれながらも、どうして実力を隠しているのか、というところにあるらしい。


「一理はある――だが、根本的に間違っていることがあるな」

「! どこが間違っていると言うんですか?」

「君の前提は『魔術師として活動する』ことになっているじゃないか。俺は別に、魔術師として活動したいなんて言っていない」

「魔術師として活動するつもりがない……?」

「そうだ」

「……理由を聞いても?」


 神妙な面持ちでミナキが問いかけてきた。

 彼女が俺のところに押しかけてきたのも、その理由が聞きたかったからなのだろう。

 だから、俺ははっきりと答えることにする。


「面倒だからだ」

「面倒――は?」


 真剣に話を聞いていたミナキが、呆気に取られた表情を見せた。

 色々と理由を付けようかと思ったが、その理由を考えるのも面倒になってきた。

 理由が聞きたいと言うのなら――この際言わせてもらう。


「俺に魔術師としての実力があったとして、学園でひけらかす理由もない。君には知られてしまったから黙っておいてもらうために盟約を交わした――理由は至極簡単、君から俺のことが他の者に知られないようにするためだ。『レドゥ・アルヴァレスには吸血鬼を倒せるだけの実力がある』なんて、どこかに漏れてみろ。たとえば君のようにこうして押し掛けてくることもあるだろう? あるいは、魔術師として協力を要請する……なんてこともあるかもしれない。実際、君は俺に協力要請をしてきたわけだからな。俺はそれが面倒だと言っているんだ」

「な、ななな……っ」


 ミナキは言葉を失ったようで、口をパクパクさせている。

 俺の考えは彼女に伝えた――これで納得してもらう他ない。


「これで納得してもらえたのなら――いや、納得してもらうしかない。今後は俺に関わらずに仕事に戻ってくれると嬉しいんだが」

「な、納得って……私には、理解できませんっ! そもそも、『面倒だから』が本当だとして、それならどうして魔術師としてそんなに実力があるんですか……っ!」

「それは――」

「それは?」

「……答えられないな。そこまで言う必要はないだろう」


 前世の記憶――アヴィリス・グレイツという『賢者』と呼ばれた男の記憶を有しているからだが、そこまで彼女に教える理由はない。

 しばしの静寂の後、ミナキは小さくため息を吐いて口を開く。


「……そう、ですか。よく分かりました」

「分かってくれたか」

「はい。レドゥ・アルヴァレスさん――あなたが『秘密主義者』であるということが」

「秘密主義者……?」

「だって、そうでしょう。魔術師として優れた才がありながら、『面倒だから』という理由だけで実力を隠している? 私にはどうにも納得できないことしかありません」

「それは君の考えだからだろう」

「……その通りです。だって、それで『納得するわけには』いかないですから」

「……? どういうことだ?」

「秘密主義者のレドゥさんには教えられません。ですが、今日はお時間をいただけたことには感謝しています。おかげで、残りの時間することが決まりました」


 ミナキは椅子から立ち上がると、俺に向かって宣言する。


「ここにいる間――私はあなたのことを監視します。残された時間はそれほど長くはありませんが、あなたはやはり明らかに『異質な人物』であると判断しました。審魔機構の魔術師として、あなたという人物が何者なのか――私の目で見極めさせてもらいますっ!」


 そこまで言い終えると、ミナキはくるりと部屋の外へと向かっていき、「失礼しましたっ」と一言残して去っていった。

 一人自室に残った俺は、去っていった彼女を視線で見送り、


「……いや、勝手に決められても困るんだが」


 そんな風に呟くことしかできなかった。

 やはり、俺の平穏な学園生活に面倒事が転がり込んできてしまったようだ。

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