第5話 学年一位の才女

 俺が通っている魔術学園の校舎には、大きな食堂が隣接している。

 多くの学生達は、昼時になると食堂を利用していた。

 俺は購買でパンを買って昼を済ませることが多いが、健康にも気を使う。

 たまに食堂でワンコインのランチでも取ろう――そう思って席に着いた時だった。


「おいおい……どういう組み合わせだ?」

「『学年一位の才女』と『無能王子』が一緒にいるぞ」


 わざわざ口に出して言わなくても、当事者である俺はよく理解している。

 食堂の隅。空いている席はまだいくらでもあるというのに、よりにもよってこの少女――ミナキは俺の前の席に座り込んだ。

 この座席、丁度二人で会話するのには適した距離感だ。

 故に、ミナキが俺の前に座ったことで食堂にいた生徒達がざわつき始めてしまった。

 明らかに、俺と彼女が知り合いであると分かってしまうからだ。


 ……しかも、よりにもよってミナキは『学年一位の才女』などと呼ばれている。

 俺の一学年下ではあるが、彼女が他の生徒に比べて突出した才能を見せていることに起因するらしいが……そもそもすでに魔術師として活動しているのだから、当たり前のことだろう。

 彼女は『審魔機構』に所属する魔術師であり、学園への潜入調査のためにやってきたはずだ。

 それなのに、『学年一位の座』に就いてしまっているらしい。

 最初、俺に近づいてきた時は眼鏡を掛けて地味目なイメージに見えた。

 だから、しっかりと目立たない潜入捜査を実施しているのかと思っていたが……どうやら俺が知らなかっただけらしい。……学園のことには興味がないので、俺の学年の一位のこともあまり覚えていないわけだが。


しかし、『目立たずが基本』の潜入調査において、わざわざその順位を取る意味が分からない。

 今の状況も、余計に目立ってしまう状況にあることには違いないだろう。

 そういう基本を教えてやる人間がいないほどの放任主義なのか――そう考えるが、実際に魔術師として一流であれば、人間的な性格はそこまで問われる組織ではないのも確かだ。俺自身も、審魔機構にいた頃は完全に放任主義だったわけだし。

 ……とはいえ、ミナキはすでに任務を終えた身のはずだ。

 このように目立ってまで俺に絡みに来る理由は何なのか――


「……」


 それを考えるのも面倒なので、俺は沈黙を貫いた。

 視線を彼女に向けることなく、サラダを黙々と摘まむ。


「どうして無視するんですか? 『先輩』」

「――」


 こいつ……俺が無視を決め込んだと見るや否や、自分から話しかけてきた。

 お互いに黙っていれば、ミナキの方が『少し距離感の掴めない女子』くらいで終わったというのに。

 完全に、俺に関わるつもりで話しかけてきている。

 しかも、逃げられないように大衆の目を使って、だ。

 ミナキに話しかけられた時点で、俺はもう彼女を無視できない状態になる。


「……俺に何か用か? 君とは初対面のはずだが」

「そんなつれないこと言わないでくださいよ。この前、中庭でお話をしたではないですか」


 ミナキは意味ありげな笑みを浮かべて言った。

『中庭での一件』――すなわち、吸血鬼と戦った時の話をしているのだろう。

 あれで事件は解決して、彼女の口封じにも成功している。

 俺の平穏な日々は約束されたはずだったのだが……現実は違った。

 任務を終えたはずのミナキは帰るのではなく、俺に近づいてきたのだから。

……面倒だが、俺は小さくため息を吐いて、彼女に話を合わせることにする。


「ああ、そんなこともあったな。あの時は大変だったろう?」

「はい。中庭で数名の生徒が倒れていて……命には別条ありませんでしたけれど」

「何が原因なのか分かっていないらしいな。一説によると、誰かが魔術で悪戯をしたとか」


 吸血鬼によって眷属にされていた生徒達は、『主』となる吸血鬼を封じたことで眷属化が解除された。故に、眷属となっていた生徒達も、しばらく学園を休むことにはなったが、今では復帰していると聞く。

 それを考えれば、やはり俺に用があると考えるのが自然か。


「それで、その話がどうかしたか?」

「いえ、ただ私のことを忘れてしまったようなので、思い出していただいただけです」


 ミナキはそう言うと、スッと椅子から立ち上がり、背を向けて去っていく。

 俺の目の前には、彼女が残していった一枚の紙切れがあった。そこには、


『放課後、中庭にてお待ちしています』


 それだけが書かれていた。


「……『他言するな』だけでなく、『金輪際、俺に関わるな』も盟約に入れておくべきだったか」


 呟くように、そんな後悔の言葉を口にする。

 どういうつもりか分からないが、ミナキはまだ俺に用があるらしい。

 ――『審魔機構』に所属している魔術師であれば、仕事が終わったのならすぐに帰ると思ったのだが。……俺がいた頃には不真面目な奴もいたが、ミナキは少し話しただけでも真面目な性格であることは分かる。

 面倒事にならなければいいが――そう思いながら、俺は一人ランチを続けた。

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