第4話 まだ帰れない

 ミナキ・サキライは一人、王都の郊外へとやってきていた。

 すでに日は暮れていて、周囲に人の気配はない。

 この時間になって都の外を出歩く者はほとんどいないだろう。

 ミナキがしばらく待っていると、離れたところから人影が近づいてくるのが見えた。


「意外と早く連絡してきたじゃないっ! 驚いたわよ」


 随分と明るく声を掛けてきたのは、ミナキのよく知る人物であった。

 肩にかかるくらいの金髪。主張が激しい、と言えるくらいの大きな胸を、よく押し付けてくる――『審魔機構』におけるミナキの先輩魔術師、エクレナ・アールグイスだ。

 黙っていれば美人、というのはまさに彼女のことを言うのだろうが、ミナキはそんなことを本人には言わない。


「お疲れ様です、エクレナさん。すみません、別の任務もあるはずなのに……」

「いいのよ。あんた一人で行かせる方が心配だったんだから。それに、アタシの方も別件は片付いたしね」

「! もう終わったんですか?」

「そうよ。ま、アタシからすればそこらの『魔術師』なんて敵じゃないのよね。けれど、あんたの相手は『吸血鬼』だったはずでしょう? もう捕まえたの?」

「それは――はい、こちらに」


 ミナキは懐から一枚の紙を取り出す。

 それを地面に置いて魔力を流し込むと、丁度人間が一人入れるくらいの『黒い箱』が出現する。審魔機構の作り出した拘束魔術――『棺』。この中に、対象である吸血鬼を封印している状態だ。

 もっとも、中に捕らえている吸血鬼はミナキが捕まえたわけではないのだが。


「あら、すごいじゃない! アタシの仕事が終わったら手伝うつもりだったけれど、これで一人前ね」

「……」

「? ミナキ、どうしたのよ。せっかく単独の初任務が無事に終わったっていうのに」

「い、いえ、何でも、ないです」


 ミナキには魔術による盟約によって、レドゥのことは話せないようになっている。

 レドゥと別れた後に『魔術解除』を試みたが、失敗してしまった。

 ミナキに解除できないということは、少なくとも彼の方が実力は上であることは間違いない。


(……本当に、何者なんでしょう)


 ミナキの中では、疑念は膨らむばかりだ。

 ――最初にレドゥのことを認識したのは、学内における彼の行動に起因する。

 基本的に単独行動を好み、あまり目立つようなことをしようとはしない。

 けれど、中庭などで昼寝をする度胸はある……だから、ミナキはレドゥが吸血鬼の可能性があると思って近づいた。

『無能王子』と呼ばれている彼に擬態する可能性は十分に考えられたからだ。

 だが、現実は違った――彼は無能王子ではなかったが、紛れもなく逸脱した実力を持つ魔術師なのである。

 まだ少ししか実力を垣間見ていないが、少なくともレドゥはまだ本気を出していない。

 その状態で、吸血鬼を捕らえるなど――明らかにおかしな存在だ。


「……」

「なーに辛気臭い顔してんの――あら? 避けられちゃったわね」

「何度かやられたので、さすがに見切りました」


 後ろから抱き着こうとしてきたエクレナを交わし、ミナキは距離を取った。

 まだ見習いだった頃、エクレナともよく稽古をした。

 魔術師として一人前になるために、だ。

 そして、ようやく認められて仕事を任されたのに、初任務はミナキにとってもやもやしか残っていない。


「ま、いいわ。二人とも仕事は終わったんだし、早く帰りましょう。戻ったら別の任務があるかもだけど――」

「あ、あの!」

「ん、なぁに?」

「えっと、私はまだ学園に籍を置いている身なので、その……手続きが正式に終わるまでは、学園に残ろうと思っています。ダメ、でしょうか……?」

「あー、そう言えばあんたは潜入捜査ってことで学園に入ったんだっけ? まあ、その辺りは交渉すれば別に通わなくてもよくなるわよ」

「それは知っているのですが……」

「! もしかして……」


 エクレナが鋭い視線を向ける。

 ミナキ自身はレドゥのことは話せないが、彼女が何か異変に気付く可能性はあった。


「男でもできた?」

「ち、違いますっ!」


 全くそんな気配はなかった。


「あははー、冗談よ、冗談。いいんじゃない? 『これ吸血鬼』はアタシが持って帰るから、あんたは少しの間、王都の観光でもしたら。アタシから伝えとくから」

「……ありがとうございます」

「いいわよ! それより、初仕事も終わったんだし、今日は飲みましょうねっ」

「え、私は未成年なので……」

「あ、そうだったわね。じゃあ、あんたはジュースで。奢るから付き合いなさいよ」

「……いえ、今日は戻ろうかと思います。またの機会に」

「あら、つれないわね」


 ――初仕事の祝いをしてくれる、というエクレナの気遣いだったのかもしれない。

 だが、それをミナキが受けるわけにはいかなかった。

 学園を去ることには違いないが、せめて去る時間までに……『彼』のことを見極めよう。

 それが、ミナキにとっての初任務のけじめだった。

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