第3話 結界魔術
「……協力を要請したのは私ですが、さすがに『吸血鬼を捕らえた』というのは信じられません。あなたは、吸血鬼の脅威が分かっていて言っているのですか?」
ミナキが疑いの目で俺を見る。……まあ、『捕らえた』と言われてそのまま信じる程、甘くはないということだろう。
吸血鬼の脅威……確かに、彼女の言うことは何も間違ってはいない。それこそ、『審魔機構』に所属する魔術師クラスが相手にするのが一般的なのだから、俺のような魔術学園に通うレベルの生徒がそんなことをした――なんて、信じられるはずもないだろう。
「さっきも言ったはずだ。全て他言無用――それが、君に吸血鬼を引き渡す条件だと。それを飲むのならば、今から会わせてやるさ」
「……」
俺の言葉に、ミナキは考え込むような仕草を見せる。
今の彼女にとっては、吸血鬼以上に俺の方が『未知の脅威』なのかもしれない。
その証拠に、先ほどから彼女は刀こそ納めてはいるが、手は柄に触れたままだ。下手動きをすれば斬る――そういう意思が見て取れる。
さすがに黙って斬られるような真似はしないし、俺は『審魔機構』の特性をよく理解している。
『利用できるモノは利用しろ』、それが組織の基本だ。
考え込んではいるが、おそらく彼女の中で答えは決まっている。
「……いいでしょう。あなたの言うことが本当であれば、確かに脅威は早い段階で取り除かれたことになります」
「交渉成立――そういうことでいいな?」
「はい」
「よし、ならば盟約を交わそうじゃないか」
「盟約……?」
俺は近くのベンチに座ると、懐から一枚の紙を取り出す。
そこに刻むのは魔力で刻む『術式』。俺の名前を新たに刻み、ミナキへと手渡した。
「そこに君の名前を魔力で刻んでくれ。盟約の内容は『俺に関する情報は他言しないこと』だ」
「……っ、そこまでしますか?」
「当たり前だ。ただの口約束では、破られる可能性は十分にある。物事において、確実な約定を交わしておくことは重要なことだ」
「あなたは本当に『無能王子』を演じているだけなんですね。一体、どうしてなんですか?」
「余計な詮索はしないでくれ。君は追っている吸血鬼を捕まえられたらそれでいいんだろう?」
「その通りですが……」
どうにも腑に落ちない、という様子だが、それでもミナキは俺が手渡した紙に名前を刻む。――無能王子を演じている理由が、『純粋に面倒だから』というだけでは示しがつかないし、納得してくれるかも分からない。
だから、俺のことについても説明はしない。盟約を交わして黙らせるのが一番手っ取り早いからだ。
ミナキが紙に名を刻み終えると、術式が光り輝き、一つの魔術が発動する。
これで、彼女は俺に関しての情報は他言できなくなった。
「相手に対して制約をかける魔術は、およそ学生の習うレベルではないはずですが……」
「だろうな。だが、俺のことはどうでもいいだろう。『入口』を開くぞ」
「入口って――っ!」
ミナキが問いかける前に、俺は目の前に『結界』の入口を作り出す。この中に、先ほど近くから逃げ出した吸血鬼を捕えている状態だ。
「結界魔術……! これを展開して吸血鬼を捕らえたって言うんですか……!?」
「ああ。これを使えば『捕らえるだけ』ならそれほど難しくはない。中に入った奴が、結界を破れないことが前提になるが」
「……」
ミナキから向けられる視線がどんどん鋭くなってくる。
だが、彼女はすでに俺と盟約を交わしてしまっている――ここから先、いくら俺の情報が彼女に伝わろうが、他言することはできない。無為に教えるつもりもないが。
俺は結界の中へと足を踏み入れる。
そこは、魔術によって構成された『異空間』。
学園の敷地に匹敵する程に広い空間なのは、吸血鬼が結界の中に入ってもすぐに気付けないようにするためだ。
故に結界の中の構造は、学園に近しい作りとなっている。
ミナキも俺の後に続いてやってくる。
「すごい……これほどの大規模結界だなんて……」
呆気に取られた表情で、ミナキが呟いた。
このくらいで驚くとなると、彼女はあまり結界魔術を見たことがないのかもしれない。
確かに、並みの魔術師と比べたら広く作っているが、それでも審魔機構の魔術師ならば、これくらいはできる者がいてもおかしくはないからだ。
それだけで、彼女がまだ『新米』であるということが分かる。
「さて、結界の中にいる限りは俺の腹の中にいるのも同じ……だが、吸血鬼は気配を殺すことにも長けている。探しに行く必要があるかと思ったが――手間は省けたな」
「っ!」
ミナキも気付いたようで、刀の柄を握って構える。結界内に作り出された疑似校舎の中からやってきたのは、一人の男だった。
「どうやって出ようかと考えてたが……まさか、結界を作り出した本人が来てくれるとはな。これほどありがてえ話はねえぜ」
「吸血鬼……!」
すでに、人の姿を騙っていただろう頃の姿とは違う。
筋肉質な身体つきに、尖った牙と爪は人ならざるモノと理解するには十分であった。着ている服は学園指定の制服――やはり、生徒の中に紛れていたということだろう。
『擬態』といった技術は、吸血鬼の得意とするところだ。
吸血鬼は真っ赤な瞳で、こちらを睨みつける。
「……まさか、魔術機構の小娘まで紛れ込んできやがるとは思わなったぜ。だがそれ以上に――無能王子。てめえは仮にも『王子』だから使えると思って眷属にしようと思ったのによぉ。騙ってたってわけか?」
「その点についてはお互い様だな。君は『人間』を騙り、俺は『無能』を騙る――お互いに、生きるために嘘を吐く……だろう?」
「ハッ、違いねえな。だが……わざわざ姿を見せてくれたことには感謝するぜ。てめえを殺せば、ここから逃げられるんだからな」
吸血鬼が言い放ち、構える。それに対して、刀を抜き去ったのはミナキだ。
吸血鬼は、割り込んできたミナキに眉を顰める。
「……邪魔だ、小娘」
「レドゥさん――感謝します。確かに、あなたは吸血鬼を捕らえていました。これで引き渡しは完了ですね」
「ハッ、小娘……てめえは審魔機構の魔術師だろうが――分かってるぜ。オレの気配も追えなかったてめえが、オレに勝てる気でいやがんのか?」
「当然です。私は審魔機構の魔術師――あなたのような異形の相手は、私がして然るべきですから」
「いいぜ。どのみち、てめえも殺すつもりだったんだ……順番なんて関係ねえ――なぁっ!?」
吸血鬼が動き出そうとした瞬間だ。
俺は手をかざして、空中に『術式』を展開する。
魔力で刻み込む術式は空中にも描くことができる――通常よりも時間がかかることが難点だが、俺はこれを得意としている。
拘束魔術――『束縛の鎖』。赤黒い鎖が吸血鬼の身体に巻き付き、一切の行動を許さない。
俺の作り出した結界から脱出できない時点で、吸血鬼の実力はたかが知れていた。
「て、めぇ……!」
「レドゥさん……!? これは一体、どういうことですか……!」
吸血鬼だけでなく、何故かミナキまでも驚いた表情をして振り返った。奴が驚くのは分かるが、どうして彼女まで驚くのだろうか。
「どうもこうも、別におかしなことはないだろう。約束通り、これで引き渡しだ。それくらいのサービスはするさ」
「……っ!」
何やら言いたげな表情をしているミナキ。抜き去った刀を握りしめたまま、ちらりと吸血鬼の方に視線を送る。
「ク、ソがッ! オレが、この程度の、魔術……でッ……!」
徐々に鎖は強く巻き付き、声を発する権利すら奪っていく。
魔力に絶対的な差があるのだ――吸血鬼はタフだが、しばらくすれば意識も失うことだろう。
「何だか、納得いきません……。これが私の初仕事だったのに……っ」
「! なんだ、そうなのか。ラッキーだったな」
「どこがラッキーですかっ。私はせっかく一人で……!」
苦虫を潰したような表情を見せるミナキ。
俺なら代わりに仕事をこなしてくれたら喜んで感謝するのだが――まあ、この辺りの考えは人によって違うことは分かっている。
ミナキは納得できない様子で言葉を続ける。
「こんな、おこぼれみたいな……!」
「俺に言われてもな。別にいいじゃないか、早く仕事が終わったんだから。『この国のため』に王子として働いた……それだけだ」
「ぐ、うぅ……確かに、早く終わったことは良いことです――が、やっぱり疑念が深まりました。あなたは何者なんですか!」
「この国の第三王子だ、何度も言っているだろう。『無能王子』を演じていたことは認めよう」
「それだけで納得できるわけないじゃないですかっ」
「納得させるつもりもないからな。だが、これで約束通り、吸血鬼の引き渡しは完了だ。『魔術師』なら、それで納得しろ。盟約まで交わしたんだからな」
「……っ」
拘束した吸血鬼は意識を失い、その場に倒れ伏す。
ミナキの視線は相変わらず鋭いものだが、俺が答える気がないことが分かったのだろう。小さく息を吐くと、
「……分かり、ました。吸血鬼は引き取ります。これで交渉は成立、ですね」
「その通りだ」
使えるものは何でも使う――その流儀に従うのであれば、今のミナキの行動が正しいものだ。
これが初仕事だと言うのなら、俺の正体を明かすことはできないが……後輩に対していいことを教えてやれたと思う。
「そいつを回収したら結界を壊すからな。なるべく早くしてくれ」
「っ、分かっています!」
ミナキの態度は明らかに納得していないものであった。
だが、目的が終われば彼女も帰る他ないだろう。
吸血鬼に襲われるのは予想外だったが、俺の乱されかけた平穏な日々はこれで戻ってくることだろう。
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