第2話 転生者としての流儀
「……どういう状況だ、これ」
いつものように、俺が昼寝をして、目を覚ました頃だ。
放課後になって少し昼寝をしたつもりであったが、俺を『見る』気配で目を覚ました。
数名の生徒達が、俺の周囲に立っている。下を俯いたまま、けれど何やブツブツと呟いている。
「王子は、使える。だから、連れていく」
「……? 君達、何を言っている?」
俺が問いかけると、生徒達が顔を上げた。
同じ学園に通う生徒達――彼らは『赤く光る瞳』をこちらに向けていて、俺はすぐにそれが『何なのか』理解した。そして、小さく嘆息をする。
「ふぅ……まさか、こんなところで絡まれるのか」
彼らが普通の状態ではないことは、見ればすぐに分かる。
瞳が赤く光るのは、洗脳状態の証――彼らは、『吸血鬼』の眷属にされているのだ。
俺自身、吸血鬼は何度か見たことがあるし、戦ったこともある。
非常に高い生命力は、不死と言っても過言ではないレベルに位置していて、自身の眷属を作り出して勢力を伸ばすことに長けている。
この時代でも吸血鬼がいることは知っていたが、まさか俺の通っている学園で出会うことになるとは思わなかった。
しかも、すでに何人かの生徒を眷属にしている。
この学園に、吸血鬼の手が伸びていたということか。
決してレベルの低くはない講師陣がいると、俺は思っていたのだが――そのレベルの魔術師に気付かれないレベルとなると、むしろ吸血鬼の方は手練れと考えた方がいいかもしれない。
……俺は少し、次の行動に悩んだ。
一つはここから逃げ出すこと。別に逃げ切ることは難しくはない。囲われているが、俺が少し本気を出せば包囲網を突破するのは余裕だろう。
だが、それは根本的な解決にはならない。学園に、吸血鬼の魔の手が忍び寄っているのだから。
もう一つの選択肢は――俺が吸血鬼を見つけ出して、打ち倒すこと。
おそらくはこの学園内に潜んでいるだろう吸血鬼を叩く。
眷属にされてしまった者達も、そうすれば解放することができる。
どこからか隠れて俺の方を見ているはずだ――そう思ったところで、最近の出来事を思い出す。……そう言えば、俺のこと見てきていた少女がいた、と。
ひょっとすると、あの子が吸血鬼で、俺の様子を窺っていたのか。
確証はないが、見つけ出して問い詰める価値はある――
「ようやく動いたようですね」
そう考えたところで、俺の目の前に一人の少女が降り立った。
まさに、俺が丁度探そうか迷っていた相手……俺を監視していた少女だ。
少女は俺の方を向くのではなく、俺に背を向けたまま、手には一本の刀を握りしめている。
俺はその刀を見て、思わず目を見開いた。
――それは、俺もよく知っている物であった。
「レドゥ・アルヴァレスさん」
「! なんだ」
不意に少女から声を掛けられ、俺は返事をした。
少女はこちらに振り向くわけでもなく、淡々とした口調で言葉を続ける。
「今は説明している時間はないので、私の命令に従ってください。私は『審魔機構』所属の魔術師――ミナキ・サキライです。あなたの安全は、私が保障します。ですから、その場を動かないように」
そこまで言い終えると、少女――ミナキが動き出した。
地面を蹴ると、先頭に立った青年の腹部へと一撃。柄による打突で、身体を浮かび上がらせる。
さらに、もう一撃――自分の身体よりも大きな身体を吹き飛ばした。それが戦いの合図となり、眷属とされた学生達が一斉に動き出す。
ミナキの視線は、すぐに動き出した眷属達に向けられた。彼女は刀を抜いている――しかし、刃を使うことはない。逆刃にしたまま振り切り、襲い掛かってくる眷属を打つ。
二、三人は同時に薙ぎ倒しただろうか。彼女の動きは明らかに素人ではなく、ただの魔術師ですらない。魔力による身体強化と武術を合わせているのだ。
審魔機構と言えば――世界的にも有名な組織だ。魔術師として選りすぐられた実力者のみが所属し、魔術師や魔族といった関連の犯罪者を捕らえることを主な任務としている。
この世界の『調停』のために戦う組織であり、各国とも連携して任務をこなしている。
当然、このアルヴァレス王国とも協力関係にあるのだ。彼女がここに現れたのは、おそらくこの事態をすでに察知していたからだろう。
この国に吸血鬼がやってきて、そして潜んでいるという事実に。
そして、動き出すのをずっと待っていたというわけだ。
審魔機構の任務は、場合によっては長期になる場合にもなる。犯罪捜査が主になるので、情報収集からスタートすると特に時間がかかってしまうのだ。
それを何故俺が知っているのかと言えば、答えは簡単だ。――その組織は、かつて俺が作り上げたものだからだ。
もっとも、俺の前世の話ではあるが。
審魔機構はアヴィリス・グレイツの作り出した組織であり、言うなれば俺は今――後輩に助けられている状態にあるわけだ。
彼女の言葉に従い、俺は特に動くことはしない。
そして彼女の宣言通り、俺の安全は確保されたようだ。
吸血鬼の眷属にされると、ただ支配下に置かれるだけではない。魔力や身体能力まで向上し、一般人のレベルから外れる。
しかし、そんな眷属達をミナキは圧倒して見せた。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、ミナキが刀を納めた。
気付けば、十数人いた眷属達は全て、地面に倒れ伏している。
戦いは終わり、ミナキはすぐに周囲を警戒するように見渡した。
「……逃げられましたか」
そう呟いて、俺の方へと歩いて向かってきた。
この前のように眼鏡はかけてはいなかった。あれも、一つの変装のようなものだったのだろうか。
無表情のまま、ミナキは軽く会釈をする。
「一度だけ話をしたことがありますね、レドゥさん」
「ああ、そうだな。まさか……君が審魔機構に所属している魔術師だとは。随分若いようだが」
「審魔機構に年齢は関係ありません。実力さえあれば、誰でも任務に就くことができます」
それは、俺もよく知っていることであった。
審魔機構の名前自体は俺が名付けたわけではないが、こうして組織の人間に関わるのは、転生してから初めてであった。
そして、関わり合いになることもないと思っていたのだが……こんな形で出くわすことになるとは。
しかし、彼女の実力を見る限りでは、眷属程度ならば難なく相手をできそうだ。
問題は、この眷属達を操っていた吸血鬼の方だろう。
今も『逃げられた』というが、ここに吸血鬼がやってきた場合、彼女が勝てたかどうかは怪しいところだ。あくまで、俺の見立てではあるが。……とはいえ、ここで下手に口を出して関わり合いになるのも面倒だ。ここは一先ず、穏便に終わらせるとしよう。
「とにかく、助かったよ。おかげで襲われずに済んだ」
「……いえ、礼には及びません。実のところ、私はあなたが『吸血鬼』ではないかと思って見張っていたんです」
「……俺が吸血鬼? それまた、どうして?」
「この吸血鬼は極力、目立たないように行動することを基本としています。全ての行動が眷属任せ。――そんな中、王族でありながら極力目立たないように行動しているあなたは、どうにも怪しく見えました」
「なるほど。だが、俺はただ昼寝が好きな一般人だよ」
「ええ、昼寝が好きというのは本当みたいです。でも――ただの一般人ではないですよね?」
ミナキの視線が鋭くなる。
彼女は、そのまま言葉を続けた。
「私の『吸血鬼』の話題もすんなり受け入れて、そんな冷静に話せる人は初めて見ました」
「……驚いてはいるが、驚きすぎて反応が薄くなったんだよ」
「仮にそうだとしても、『無能王子』と呼ばれたあなたのことは調べてあります。魔術も武術もからっきし――そう情報にはありますが、先ほどのあなたの視線を見て理解しました。あなた、私の戦いが完全に目で追えていましたね?」
「――」
ミナキの指摘に、俺は言葉を詰まらせてしまう。
――あの戦いの最中も、彼女はしっかり俺のことを見ていた。
そうだ、俺が吸血鬼である可能性も考えて、少し前から監視していたというのだから。
今の状況も、『演技』である可能性があると踏んでいたのだろう。
どこまでも用心深いのは、審魔機構に所属する魔術師としては優秀と言えるだろう。
さて、こうなるとどう答えたものか……『言い訳』を考えるのは俺の得意とする分野だ。
「仮にも王族だからな。護身術くらいは身に付けている。暗殺に対応するくらいにはな」
「無能王子が暗殺の心配を? それに、先ほど私が言った通りです。武術に関しても、あなたは無能のはず」
……意外と辛辣なことを平気で口にする。
ミナキの俺に向けられる視線は完全に『疑いの目』だ。
いくら言い訳したところで通じそうにない――そうなると、俺にとっては打つ手がなかった。
何せ、審魔機構に所属する魔術師に疑われているのだ。
彼らは一度、疑いの視線を向ければ徹底して追い詰める――俺の時代の話ではあるが、今でもきっとその精神は受け継がれているだろう。
ミナキを見れば、それはよく理解できた。
こうなると、『無能』で押し切るのは無理があるかもしれない。
そう考えていると――ミナキの方が言葉を続ける。
「……少なくとも、今のあなたは私からすれば、噂の『無能王子』とは違います。そう偽っていたと考えるのが妥当なところでしょうか。王族が自らの実力を隠蔽するというのは、決してない話ではないと聞きます。あなたは吸血鬼ではないことは間違いないようですし」
「それはつまり、俺については放っておいてくれるということでいいのかな?」
「いいえ、少し違います。今、『吸血鬼』の存在を知っていて、かつ私の存在も知っているのはこの学園では限られています。吸血鬼側に属していないと確認できる――これは、私にとっては大きなメリットなんです。こういう任務ですと、現地の協力者は重要でして……」
現地の協力者――その言葉に、俺は眉を顰めた。ミナキの言いたいことが、言われる前に分かってしまったからだ。
「レドゥさん、審魔機構の魔術師としてあなたに要請します。吸血鬼討伐に、力を貸していただけますか?」
「ああ、断る」
「ありがとうござい――は?」
ミナキが初めて、動揺した表情を見せた。
「こ、断るって、どうして――」
「面倒事に巻き込まれるのはご免だからな」
「面倒事って……あなたはこの国の王子なんですよね? それを、面倒事で片付けるなんて……どうかしていますっ」
「君の言いたいことは分かるさ。だから――さっき終わらせておいた」
「……え? 終わらせた?」
ミナキは俺の言葉がすぐに理解できていないようだった。
「実のところ、俺も君が吸血鬼ではないかと考えたんだが、どうやら違ったらしいんでね。君と話している間に、ここから逃げた吸血鬼は捕らえたよ」
「捕らえたって……魔術で、ですか?」
「ああ、それでいいんだろ?」
ミナキに対してどう説明したものかとも考えたが――『無能であると偽っている』ことがバレた時点で隠しても仕方ない。
故に、俺は早々に彼女には帰ってもらう方を選択した。
彼女が『逃げられた』と考えた時点で、俺は『吸血鬼に勝利』していたわけだ。
だから、後は交渉するだけだ。
「俺の捕まえた吸血鬼については君に引き渡そう。君の任務はそれで完了となるはずだ――全部君の手柄にしていい。俺が関わったことは一切、話さないことが条件だがな」
「……何者なんですか、あなたは」
「分かってるだろ。レドゥ・アルヴァレス――この国の第三王子。趣味は『働かないこと』だ」
俺の言葉を聞いて、呆気にとられた様子を見せるミナキ。
俺の『やりたいこと』なのだから、仕方ないだろう。――それが俺の、転生者としての流儀なのだから。
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