『無能』を演じる『転生賢者』は働かない ~だが、魔術師の少女からは監視されている件~
笹塔五郎
第1話 無能王子は平穏が好き
「おいおい、『無能王子』がまた昼寝してるぞ」
「いくら王族でも、あんなのでいいのかね」
遠くから、そんな俺の噂をする声は耳に届くのは、よくあることであった。
『ファウロン魔術学園』内――中庭のベンチが、俺の定位置。昼寝をするには、すごくちょうどいい。
「ふわぁ……」
小さく欠伸をする。……今日もいい天気だ。
空を見ていると、少し昔のことを思い出す。
俺――レドゥ・アルヴァレスが前世の記憶を取り戻したのは、五歳の頃だった。
初めて『魔力』の使い方を学んだ時に、突然流れ出してきた記憶……その時はあまりの衝撃に気を失ってしまったが、目を覚ました俺は全てを理解していた。
俺の前世は、アヴィリス・グレイツという魔術師であり、今から数百年程前に『賢者』と呼ばれていた男だった。
その呼び名には違いなく、アヴィリスという男――つまり、前世の俺は間違いなく強かった。
それこそ、世界最強と言っても差し支えないほどに。
アヴィリスの記憶が戻り、その魂を宿している俺は……魔力も桁違いであった。
その上、俺はこの『アルヴァレス王国』の第三王子という立場にある。
俺の圧倒的な力を示せば、この国の頂点に君臨することはそれほど難しいことではないだろう。
魔術師としての実力は他と一線を画している。
他の魔術師の実力はすでに確認済だった。
俺は、この時代でも十分に通じる。『最強』のままだと言っても、問題ないだろう。
だが、この時代において――アヴィリスの名はほとんど知られていない。
彼の弟子の名は残っているというのに、アヴィリスはかつて『黒竜』を倒した魔術師としてその名が残っているが、それ以外にはほぼ文献がないのだ。
――そして、それは何も間違ってはいない。
何故なら、アヴィリスはそういう性格の男だったからだ。
自ら戦うことをあまり好まず、基本的には全て弟子任せ。
結果として、彼は一度『最強』を示しただけでその人生を終えることになる――それが、俺の前世であり、その考えは今の俺も共感できるものであった。
だから、俺は隠した。
記憶が蘇ったことも、潜在的に高い魔力があることも、全てを隠蔽して生活することにした。
そうして、俺は王族でありながら一般人と同等かそれ以下の『魔術』の才能を持たない『無能王子』と呼ばれるようになってしまった。
――その点については、俺は一切否定するつもりはない。
何せ、俺が無能と呼ばれるのは予定通りだからだ。
俺には、優秀な兄が二人いる。
その兄達が、それぞれこの国を担う王と重鎮となってくれるだろう。
無能な俺は、きっと誰にも期待されない。
窓際の部署か、あるいは辺境の地への左遷か――王族であるために、多少の優遇はされるだろう。
だが、それでいいのだ。
今度は俺に『働け』と言ってくる者はいない。
俺が無能だから、誰も俺には期待していないから――だから、これで全てが平和になる。
無能な第三王子として、俺は今日も平凡な日々を送る。
生まれ変わったからと言って、わざわざ目立つ行動はしないのだ。
『能ある賢者は魔力を隠す』――それこそが、まさに俺の生き方なのである。
故に、俺はこれからも目立たず静かに、奇跡的に与えられた第二の人生を生きるつもりであった。
けれど、そんな俺に最近――少し変わったことが起きている。
「……」
「……」
中庭で寝ていると、何故か俺の近くに一人の少女が座り込む。
近い距離にあるわけではないが、明らかに俺の方を意識している。
寝ていても、こちらを見ているために気になってしまう。
だが、ちらりと視線を送ると、彼女は視線を逸らしてしまう。
これがたとえば『俺に恋をする』生徒であるのならば、まだ可愛げがあるだろう。
しかし、彼女の気配の消し方や仕草は普通ではない。
――俺の知る限り、この手のタイプは『プロ』であることが分かる。いわゆる諜報のプロ、というやつだ。
どうしてそんな子が、俺の近くにいるのか。
間違いなく俺のことを監視しているようだが、こんな無能王子を監視することに何か意味があるのだろうか。
兄達が俺を監視するために寄越したのか――いや、あの二人は、俺に対して大きく期待はしていない。
わざわざ、監視するようなレベルにはないと割り切っているはずだ。
今更、俺に対して監視をつけるとも思えない。
ならば、一体何なのだろう。
そんな日々が少し続いて、俺はようやく彼女に問いかけることにした。
「なあ」
「……」
「無視をするな。君に言っているんだ」
「……? 私、ですか?」
わざとらしく、少女はこちらを見て尋ねてくる。
黒を基調とした制服。それと同じように、この辺りでは珍しい黒髪に黒い瞳。
少女は怪訝そうな表情をしているが、むしろそんな表情をしたいのは俺の方だった。
「えっと、私に何か用……でしょうか?」
パタン、と手に持った本を閉じて、少女が動揺した様子を見せる。
眼鏡の奥にある瞳は少し泳いでいるようにも見えるが……おそらくは演技だろう。
「それはこっちの台詞だ。最近、ここで何をしているんだ?」
「何って、本を読んでいるだけです。私、何かご迷惑なことをしたでしょうか?」
――彼女の態度を見る限り、あくまで白を切るつもりらしい。
学年の集会でも見たことはないし、見た目的には後輩だろうか。
このまま問い詰めてもいいのだが、騒がれるのも面倒だ。
「いや、別にそれなら構わない」
「……?」
俺は少女との会話を切り上げる。
問い詰めたところで答えるつもりがないのならば、それでいい。
だが、俺から話しかけることに意味があった。
俺は『お前を認識している』という風に、相手に警告してやることが。
現に、翌日以降は彼女の姿を見ることはなくなった。
――遠くから俺のことを見ているのかもしれないが、それくらいなら別に構わない。
昼寝をしている時に、傍で見られるよりはよっぽどマシだ。
「これで、また平穏な日々が戻ってきたな」
今日も今日とて、俺は適度に授業もサボりつつ、昼寝を続けた。
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