第18話
俺は相変わらず全裸のまま物音を立てまいと微動だにせず、息を潜めながら事態の把握に努めていた。握ったままのライターは手汗でじっとりと湿っている。本当にカメラを仕掛けているのだろうか……、もしそうなら、トイレ内の火災報知器のセンサーがある位置から考えて、真っ裸で蓋をした便器の上にうずくまるようにじっとしている俺の姿はかなり鮮明に撮られてしまっている可能性が高そうだった。思わず身体全体が力んだ。
どうしてこんな事になっているのか?Kさんのマスクをくすねに来ただけなのに……。
俺は自分と馬男のことを天秤に掛けて、どちらが信憑性においてまさるかを計ろうと虚しくも試みていた。相手が盗撮犯だと分かっていても、そいつに俺がマスクの窃盗を犯している現場を撮られているとなると、下劣なケダモノ同士の争いとは言え、はたしてどちらが立場的に優位に立てることになるのか。
なんの物的証拠も持たない俺が「こいつは盗撮している卑劣なクズ野郎です!」と馬男のことを名指しで騒ぎ立てたとしても周囲からはキワモノ扱いされるのが関の山ではないだろうか?かたや馬男の手元には俺の犯行現場をおさえた映像という揺るぎない証拠がある可能性が……、そんなものがもしもKさんの目に触れるようなことがあったりしたら……、俺は自分で思い浮かべた想像に絶望し吐き気でえずきそうになる。
馬男の思わせぶりな発言の数々は俺を罠に嵌めるための単なる方便に過ぎず、隠しカメラをトイレなんかに仕込んでいるはずはないのだと自分に言い聞かせてみる。そもそも「隠しカメラ」というものの存在自体だって怪しいものじゃないか、そんなもの実は一つもないのでは?そう考えてみると、そんな気がしてくる。俺はどこから奴の言動を信じ始めていたのか?そうそう、俺がKさんのマスクを盗んだことがバレていて……。
ただ、思い返してみると、『映像は撮れているはず』といった希望的観測めいた言い方をしていたような気がする。奴は映像そのものによって俺の窃盗を知ったわけではない?オフィスの片隅に隠れて、俺の犯行を目視していただけかもしれないわけで、そうなると物的証拠なんてものは存在しない可能性もありそうだ。しかし、それならなぜ盗撮していることを告白して自ら犯罪者であると奴は名乗り出てきたのか、しかもこんな真夜中の高層ビルの職場で……、俺はほとんど混乱していた。
「似た者同士なんだから、早くそっから出て来て僕と仲良くすればいいじゃないか!」と馬男がしびれを切らして怒声を上げた。同時にトイレの個室を無理やりこじ開けようと扉を猛烈な勢いで叩いたり蹴とばし始めた。
悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど奴の動機は非常に単純だった。結局、俺もあいつも欲望に飲み込まれた心の弱い人間なのだ。弱り目にあって仲間を探そうとするかどうか、そのわずかな違いがあるだけだ。あいにく俺にはその意思がなかった。逆に悪事の隠匿のために俺と徒党を組みたい一心の馬男は、扉の向こう側で荒れ狂っていた。
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