第16話
しばしの重苦しい静寂があった。俺はこの男の問い掛けに一切答えてはいけないし、それ以前に俺がトイレの個室に隠れていることを自ら認めることは絶対にしてはいけないことなのだという本能的な直感があって沈黙を貫いた……、認めなければ少なくとも事実にはならない。
「まあ、僕と話をしたくないのなら、それでも結構ですけれどね」なんらかしらの思案をめぐらしているような雰囲気で馬男は言った。
「あなたと僕って、けっこう似てると思うんですよね、Kさんに対するスタンスというか……、端的に言えばお互い彼女に悪事を働いているという大いなる共通項があるわけですけれど」と馬音は自嘲気味に言って続けた。「ただ、それを差し置いても、なんとなくあなたとは仲良くなれそうな感覚を抱いているんです、今日はまだ一言も言葉を交わしていないですし、そのせいか心持ち距離感がある感じになっちゃてますけれど、分かり合える気がしています。むしろ最悪の出会いから始まった深い仲みたいな話ってよく聞くじゃないですか」
冗談じゃない、と思わず声が出そうになる。
「Kさんの魅力について語り合うとか、そんな些細な会話による人間関係の始まり方でも良いと思うんですよ。ほら、中学生とか高校生のころって、友達にクラスメートの誰が好きだとかを打ち明けることってあるじゃないですか、それに応じて相手も照れつつ好きな人のことを教えてくれたりして、結果的に
どうやら自分の悪事がバラされないように
考えてみれば、俺は馬男に見つかってしまったことに取り乱してしまって、まったく頭の整理が追いついていなかった。しかし馬男からしたら、ここのところずっと悩みの種として恐ろしい重圧になっていたことが想像に難くない「隠しカメラのことに気付いている人間」の存在、いわば彼にとっての「犯人」をついに追い詰めた思いでいるのだろう。ここで逃したら、もう後はない、そんな血眼になって捜索し続けてきた者の狂気が彼の穏やかで親しみのこもった口調に潜んでいるのではないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます