第15話
不意に発せられた馬男による同意を促すような語りかけに俺は考え込んでしまう。なぜかKさんを思う気持ちで負けた気がして、恋愛に奥手な若者のようなデリケートさで急にプライドが傷付けられてしまっていたようだ。この男が俺のことを同族として括ろうとしてくることに強い拒絶があったというのが実際のところだが、恋敵と対峙しているようなもどかしい気持ちにもさせられた。
Kさんとの親密なエピソードやそれらしく聞こえる動機なんてものは無い。彼女のマスク姿に欲情したという、いたって単純な衝動によってのみ突き動かされているだけだが、むしろそれのなにが悪い!と正面切って叫んでやりたい気分だった。そんなことで張り合っても無意味なことは分かっていたが、この男に嗤われることはプライドが許さず、しかも懐柔されることが耐え難く感じた。
そう、つまり自尊心の問題とは別に、馬男が同情的な言葉を駆使して人を手懐け取り込もうとする態度への不信感が俺の強烈な拒否反応を招いていた。
「そりゃ、完全に嗜好が一致してるなんてことはないって分かってますけど、ほら、下着もマスクもKさんが着用したものに執着があるという意味では似たようなもんでしょう。さっきくすねたマスクをどうするおつもりですか?あっ、……なんでさっき盗ったばかりなのにバレているんだ!?って、今すごく不安になっているんじゃないですか?フフ、まあ慌てずに聞いてください、簡単に説明しますから。Kさんのデスクに仕掛けたカメラは一個だけじゃないんですよ、いいですか、あなたが取り除いたカメラの他にも隠しカメラを設置してあるんです。彼女のデスクのある天井部分にちょうど火災報知器のセンサーがあって、それに細工を施してあります。先ほどあなたがKさんのデスクの引き出しからマスクを取り出している姿は確認済みです、ばっちり映像にも残っているはずです。ちょうど外で道路かなにかの夜間工事をしているお蔭で光量もたっぷりだから、手元まで鮮明によく撮れてるんじゃないかな」
この男とエレベーターで乗り合わせてしまったことが運の尽きだったのだろうか……、言い逃れができない致命的な証拠をつかまれているらしいことを察した俺は、手にしていたままだったライターをいつの間にか強く握りしめていた。
「ところでカメラの映像はもう見ましたか?あなたに確認するのも変な話ですけれど……、どうなんです、Kさんの下着は映っていましたか?周期性から推測するにおそらく薄手の紫色のレース生地のやつだったじゃないですか?Kさんってお子さんがいらっしゃるのに、どういうわけか変に煽情的な下着を着用するときがあるんですよね、母親といえども一人の女であるっていう意識が強いんでしょうかね、それとも生理と関連したバイオリズム的なものがそうさせるのか」
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