第13話
「中に隠れているのでしょう?それとも本当に腹でもくだしているんですか?」
鋭利なナイフの刃先で首元を撫でられたような冷たい緊張が走った。深夜のエレベーターに同乗した後に行方の分からなくなっていた馬男がトイレに入ってきたのだ。全裸になってしまった俺としては最悪のタイミングとしか言えなかった。どうして俺は職場のトイレなんかでバカみたいに裸になってしまっているのか?と今更ながら自分の欲望に忠実過ぎる軽率さを悔いた。
「ここのところ、なんとなく僕のことを意識していましたね?よく目が合うな、もしかして……と警戒していたのですが、思ってた通りでしたよ」
そう言って馬男は心持に余裕があることを見せつけるためなのか、革靴の踵をコツコツとゆっくりと優雅にかつ過剰と思われるほどの硬質で乾いた音を響かせる歩き方をして俺の籠城するトイレの個室にまで近づいてきたかと思うと、壁側に等間隔に配置されている小便器の方で用を足し始めたようだった。丁寧な語り口に反して、男性用の便器に勢いよく放出される小便が粗野で不快な音を響かせており、それがまた妙に脅迫的に感じられた。
「改めて訊きますけれど中にいるんでしょう?そんな無理に息をひそめて隠れていなくてもいいじゃないですか、さっきエレベーターで会ったばかりなわけだし、こっちだってわかってますよ。それよりも僕たちはもっと真剣に話さないといけないことがあるわけでしょうに……」
俺が個室に籠っていることは完全にバレてしまっている。ただ、馬男の方としてものっぴきならない事情があるらしく、努めて落ち着き払った態度に徹しようとしているだけで、実際のところ相当な焦りがあるように感じられた。
「それで、何個見つけたんです?」
話の要領が得られずうつむていると、ふと便器の下あたりにライターが落ちているのを発見した。服を脱いだ際にポケットから滑り落ちてしまったらしい。
「さっきも自分のデスクあたりで何かしていたでしょう?まあ、あれは完全に僕の失敗なんですがね……、バレてしまったんで正直に言いますけど」
馬男は滔々と意味不明なことを説明し続けている。なんとなくきな臭さい話が展開されそうだと直感した俺は、脱いだズボンのポケットからスマホを静かに取り出すと、録音アプリを起動して、そのままトイレットペーパーホルダーの上にゆっくりと置いた。
「……電源タップ型カメラだから半永久的に電気が供給されるわけですけど、夜間は撮影対象がいなくなるのとカメラのバッテリーが過充電になって寿命が縮まるのを避けるために定時に自動で電源が切れる設定にしていたんです。カメラへの電源供給が絶たれるとパソコン用のモニター側に電源供給が切り替わるんですが、電源がオンにされたとモニターが誤認するのか勝手にテレビモードで点いてしまってあたりを照らしていた……、そしてまた朝の7時にはカメラへの電源供給が再開されますけど、そのころにはテレビは放送局からの信号を受信していないため省エネモードとなって自動的に消えていたわけです」
やれテレビだカメラだのと途中までなにを話しているのか理解できずにいたが、どうやらこの男は電源タップ型の小型カメラを職場に、……しかも俺のデスク周りに仕込んでいたことをなぜか自白しているようなのだ。たしかに俺のデスクにあるモニターは眩い光を放ちながらテレビ番組を垂れ流していたが……、電源周りに気になる変化なんてあっただろうか?と俺は真顔になって思い返していた。
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