第11話
何事かと思って少し近づくと、どうやら俺の社用のPC用ディスプレイが地上波のテレビ番組を流し始めたらしいのだ。
なんてことはない、知らぬ間にタイマー設定を施してしまっていたようで、夜なよな俺のデスクにあるPC用のディスプレイは、この時間から朝方まで地上波のテレビ番組を映し出して周囲を照らすということを続けていたらしかった。
「マスクを着用することに抵抗のある国とそうでない国、これには一種の国民性の違いといったものが関係してくるのでしょうか?」と早朝のニュース番組の女性アナウンサーがあたかも自ら熟考した末に到達した解釈とさらなる疑問を世間の代弁者として神妙に問い質すといった具合で、何某かの専門家に尋ねている。
「そうですね。私たちは春や秋には花粉用の対策、冬にはインフルエンザの対策といったふうに、予防的にマスクを着用することにそもそも抵抗がなく、諸外国と比べてみましても『マスクの着用』という行為に対して親和性というか非常に慣れ親しんできた経緯があるわけですね……、要するに着用することが当たり前のものとして習慣化してしまっている。しかも、近年ではそういった症状や病状への対策といった本来のマスクの持っている意味合いとは別に、マスクを着けることで素顔を見せずに済ませられる一種の『顔のための下着』的な捉え方をする若い人たちが急増してきているようにも見えます。調査していく中で、素顔を隠せることで『気軽に外出ができるようになった』、といったようにマスクの着用自体を歓迎している若者たちには幾度も遭遇してきておりますし、例えば女性に対する調査では夜間のコンビニに手間のかかる化粧はしないけれどマスクだけはせめて着けていかないと恥ずかしいといったエチケット的な捉え方も都内を中心として自然発生的に急速に広まっているように見受けられるわけでして……」
すでに各所で幾度も解説してきた様子の手練れた流暢な語り口に耳を傾けつつ、いままで俺は春先の花粉対策用にマスクをしている女性たちと街中ですれ違ったときに何らかしらの性的な興奮を覚えたことがあっただろうかと思い返していた。女性用下着が陰部や胸部を隠すように、マスクも口元を隠しているという意味では一見すると似たようなものに感じられるが、通常、下着はさらに衣服によって覆い隠されており、日常生活においておいそれと拝めるものではなく、その辺はマスクとはだいぶ事情が違うように思えた。
たとえば風に吹かれて舞い上がったスカートの下に一瞬だけ現れるパンティを見たときに、その希少性があるからこそ興奮するのであって、隠されてもいない丸見えの下着になんてこれっぽっちも価値がないと言う人がいる。いわゆる「チラリズム」にすべての価値観を置いている人々であるわけだが、その立場とは真逆ともいえるのが、女性用下着の通販サイトに掲載されているモデルたちの下着のみを着用した立ち姿を鑑賞して自涜にふける人々の存在であったりするわけで、さらに言えば水着という疑似的な女性の下着姿をカジュアルに楽しむためのものとしての「グラビア」や「ピンナップ」といったものが男性向け雑誌の巻頭を飾るのはそのような趣向に一定の需要があるからと考えられるし、下着に対する嗜好ひとつとっても、そのあり方は千差万別と言えるわけだった。
俺はと言えば、「チラリズム」のように本来は隠されているべきものが露わになる現象に興奮するといった倒錯的な感覚を持ち合わせているわけでもなく、性的なものが目視できる状況であれば、——たとえそれが生身の女性でなくて、ランジェリーショップのショーウィンドーにたたずむ女性型マネキンの下着姿であったとしても……——、そこに興奮を覚えるという意味で非常に単純明快で即物的な感性を有しているのだなあと思えた。
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覚悟の自涜 |第11話| 牧原征爾
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