第7話
社員証代わりのIDカードをかざしてゲートをくぐり、エレベーターホールへ向かう。その途中に総合案内所があり相当に高性能なアンドロイドを採用している受付嬢が日中は三、四体ほど落ち着き払った表情で待機しているのだが、さすがにこの時間帯は配備されていないだろうと目をやると、一体だけしっかりと正面を見据えて座っているのだった。
一応は省エネモードといった様子らしく、スタンバイの状態で全く動いてはいなかったが、それでもこのように照明の光度がだいぶ落とされた薄暗いホールにて、白いスーツをまとった受付嬢がぼんやりと自ら発光するように浮かび上がっている光景にはちょっとした怖気を伴う異様さがあった。
受付嬢は当然ながら訪問者のことを搭載されたカメラで映像として記録しているだろうから、見つからないように案内所の前を
それを言うなら入口やらホール内のいたるところに設置されている監視カメラに既にしっかりと俺の姿は捉えられているはずだったが、アンドロイドの受付嬢は厄介なことに「証人」として自主的に話し出す可能性も考慮に入れなくてはならず、不要に目立って認知されてしまうことは避けたい存在であった。
「わたしの下着は魅力的なのでしょうか?」と上役に申告したアンドロイドの受付嬢によるこの一言で、盗撮の悪事が発覚した事例があるらしいのだ。
ここの高層ビルに入っているどこの会社の人間が犯した犯行なのかまでは分からないが、受付カウンターの裏側の受付嬢の足元に小型のカメラを仕込んでスカートの中を盗撮しようとしたらしい。
その後、捕まった犯人は「アンドロイドの下着に興味がった。まさかロボットがそんなことを言うとは思わなかった」という何とも脱力感の伴う情けない犯行動機を供述しているのだが、しかしこの事件にはいろいろと考えさせられるものが含まれていたらしく、マスコミもセンセーショナルにこの「性犯罪」について報じた。
曰く、「盗撮されたアンドロイドの心の悲鳴!彼ら・彼女らへの人権意識は!?」「子供に悪影響も?アンドロイドへの接し方でわかる家庭環境のレベル」といったもので、
アンドロイドだけを狙って盗撮や痴漢をする動画が海外のアダルトサイトに投稿されていたり、そういった過激な内容を扱った専用フォーラムに入り浸る人間に対して匿名を条件としたインタビューをマスコミは試みており、「生身の人間には感じないスリルがある」などといった多くの人々の耳目を集めそうな危険な言葉を引き出すことに成功していた。
そのように連日、世間的にもあまり知られていなかったであろう性的な
ただ性交を目的としたセクサロイドだってあるのだから、なにをいまさら目くじらを立てる必要があるのかと俺なんかは思ったりしたのだが、先述の匿名の人物によると「(性的サービスを提供する)専用のアンドロイドはいわばプロなわけで、狙っても面白くないじゃない。金払ったら股開いちゃう風俗の子と一緒だよね、ロボットも素人だとウブな感じが良くてさあ」とおぞましいことを話しており、よく地上波の放送にこんな内容を乗せられたなと思えた。
そして、セクサロイドとして作られたアンドロイドの運命や受付嬢の素朴な訴えなどを思い返してみて、あまりそういったロボットたちの「人権意識」といったことは考えたことがなかった俺としても、久々に鬱々しい気分にさせられたものだった。
一階の店舗のテナントとして入っている人気のない真っ暗なカフェやコンビニの前を足早に歩き、総合案内所のカウンターを遠巻きに回り込むルートを通ってエレベーターホールへと到達した。
この道順であれば、さすがに受付嬢にも気づかれていないはずだった。
やってきたエレベーターに乗り込みオフィスの入っているフロア階のボタンを押す。
そしてスライド式の扉が音もなくゆっくりと滞りなく閉まろうとした瞬間だった。
扉のわずかな隙間をすり抜けるように誰かが身体を素早く滑り込ませて入ってきた。
あまりに咄嗟のことで声が漏れ出しそうなほど驚いたが、落ち着きを取り戻してから確認してみると、意外なことにそれは同僚の馬男だったのだ。
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覚悟の自涜 |第7話| 牧原征爾
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