第4話

 駅ビル内に入っているマーケットに立ち寄ろうかとも思ったが、さすがに地下街へと通じる換気の悪そうな通路を経由してまでは行く気にはなれず(……実はその道中にランジェリーショップがあって、そこのショーウィンドーに並ぶマネキンが着用している女性用下着を横目で眺めるのが俺の趣味で、たまには見に行ってしまうおうかという誘惑に駆られもしたが、やはり不要不急の外出は控えるべきだなあと思い返した)、結局近くのコンビニでビールと惣菜を買って帰ることにした。


 マンションのエントランスホールに入ると、同じ階に住む顔見知りの住人がちょうどエレベーターから降りてくるところだった。


軽く会釈をすると、相手はマスクを着けていないことを見咎められているとでも思ったのか「はは」と愛想笑いのような反応を示して、すぐさま忙しなくポケットの中を詮索するような素振りを見せていた。


たまたまマスクを着け忘れただけであって、けっして世情に反発する意思があるわけではないことを、これだけの慌て振りでもって全身を使いつつ表現しなくては、今後のご近所付き合いに支障が出かねないといった非常に深刻そうな具合だった。



 室内に戻ると寝間着の代わりにしている上下のグレーのスウェットが、朝脱いだときの状態のままソファに雑然と放置されてあった。


それにさっと着替えると、買ってきたばかりのビールのプルタブを勢いよく引っ張って開けて、しばらくスマホで動画サイトを見たりしていたのだが、酔いが少しずつ回ってくる感覚があるものの、なんとなく落ち着かないのだった。



 いつも利用している月額制のサブスクリプションでアダルト動画が見放題のウェブサイトにアクセスしてみる。「お気に入り」に登録している作品を適当に選んで再生してみても、どうもその日の自分が探し求めている真の性的な興奮のありどころを刺激してくれる内容からは外れている気がしてならなかった。


仕方ないので、眺めるともなく、なんとなくスマホの画面をスクロールしていると、マスクをした全裸の女性のバナー広告が目に留まった。


その瞬間、まさにこれだと言わんばかりの強烈な反応が下半身に起こった。



 俺は着たばかりのスウェットと下着もすっかり脱いで全裸になっていた。


これが俺のいつものスタイルなのだが……、昔からオナニーするために全裸になる習慣があって、独り身で暮らしている今となっては特に問題はないけれども、実家に住んでいたころは親と同じ屋根の下に暮らしている手前、大っぴらに全裸ですることは非常にはばかられた。


見つかってしまったら、恥ずかしくてもう顔もあわすこともできないし、この家を出ていかねばなるまい……、そんな覚悟を持って俺は静かに室内で衣服を脱いで、どんな物音も聞き逃すまいと異常に周囲に神経を研ぎ澄ました神妙な面持ちで汚らわしい行為に挑んでいた。


それはオナニーという馴染みのある言い方よりも、むしろ「自涜」という字面がふさわしいように感じられる行いだった。



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覚悟の自涜 |第4話| 牧原征爾

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