第2話

「あっ、おはようございます」と女性社員の片割れがこちらに気付いて挨拶をしてきた。

「あぁ、うん。おはよう」


俺は声が上ずりそうになるのをなんとか抑えて挨拶を返したが、彼女たちの顔を見て思わず赤面しそうになってしまう。俺には、彼女たちが下着姿で公共の場にヒョイと出てきてしまったようにしか見えないのだ。つまりマスクそのものが下着に見えてしまうことで、その下にある赤々とした口腔と唇は隠されるべき第二の陰部という認識になってしまって……。


しかもマスクより上の目元や眉はいたって普通の表情をしているのだから、異様に落ち着き払った露出狂とでもいうものに遭遇した気分にこちらはなる。


いつから、こんな特異な感覚を抱くようになったのだろうか、と思い返してみると上司のKさんがレース柄のマスクを着用しているのを見たときからのような気がしていた。そもそもレース柄の下着がそうであるように、多分に性的な要素を感受しかねない柄をあえて口元を覆うマスクに施してしまうのは問題があるのではないか……、と俺はKさんのマスクを見つめながら咄嗟に思ったものだった。


問題のレース柄のマスクを拝んだ日を思い返してみると、それはあるプロジェクトに関する進捗状況を俺がKさんに報告し終えてからのことだった。その後のディレクションをKさんから仰いでいたのだが、しばらくすると彼女は「ちょっとコレ、苦しいわね」と言ってその煽情的なマスクを顎の下へとずらして、こちらに何事かを説明し続けていたはずだったのだが、俺は彼女の口元と微かに湿り気を帯びた唇にすっかり目を奪われてしまっていた。それはつまり、レースの下着を着用しているKさんに性的な戸惑いを覚えていたら、彼女が突然それすら俺の目の前で脱ぎ捨ててしまったような衝撃だったわけだ。


久々に間近で直視した他人の口元になんとも言えない緊張感と共に妖艶さを感じたし、俺は初めてKさんのことを性的な問題を惹起じゃっきする厄介な存在として認識し始めていた。それでも口はあくまで口でしかなく性器の代用品としてはいかにも脆弱だった。俺はしばらく虚を突かれたような気分でKさんのことを眺めていたのだと思うが、彼女の顔全体の輪郭がくっきりと実像を結び始めた頃には、口元が丸見えになっていることに対する不可思議な感覚も霧消むしょうしていた。


ただ、マスクに対する性的な執着しゅうちゃくだけは残ってしまったようで、俺はそれ以来、女性のマスクをしている相貌そうぼうや着用されたマスクそのものに対して歪な興奮を覚えるようになっていた。そして一番の執着はKさんの着用しているマスクに向けられることになった。


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覚悟の自涜 |第2話| 牧原征爾

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