覚悟の自涜

牧原 征爾

第1話

〇〇県警は9日、県内△△市□□町の空き地付近で8日〇〇時ごろ、周辺を歩いていた女子学生が、白いマスクだけを着用した全裸の男を目撃したとして、メールで注意を喚起した。県警によると、男は身長170cmぐらいの中肉中背、年齢は……


この事件の一報を伝えるニュースサイトの記事をスマホから眺めながら、俺は強い衝撃を受けたていた。白いマスクと書いてあるが、正確には薄いピンク地に小さな花柄模様が等間隔に刺繍された生地を使用した、お手製のマスクであることだけは明確に言い添えておきたいと一瞬の冷静さを取り戻して思いもしたが、すぐにスマホを持つ手が恐怖で震え始めた。このマスクだけを着用した全裸の男というのは俺のことである。


※※※


「やっぱりコワいよ」

「えっ?」

「だって感染めちゃ増えてるじゃん」

「ああ、ここの近くの病院もクラスターが発生したらしいよ」

「そうそう、それ昨日ニュースで見て。だからやっぱりコワいなあって。二十四人も一気に感染したんでしょ?うちの会社とか大丈夫なのかなあ……」


うら若い女性社員の二人が、ガラス張りのパテーションで区切られたオフィスを出た通路のあたりで話している声が聞こえた。二人ともウレタン製のマスクを着用しており、色はそれぞれライトピンクとベージュだった。


うっかりこの手記を手にして読む機会に直面してしまった未来の読者が困惑しないようにあらかじめ解説しておくと、この当時はヒト―ヒト感染により重症化または死に至るウイルスがパンデミックを起こし世界的な規模で猛威を振るっている最中だった。本邦においても感染拡大防止の観点から、あらゆる場所でのマスク着用が義務付けられていた。逆に言ってしまうと、マスクをして、極力、人々が接触を避けるぐらいしか有効な感染に対する予防策はなかったということになるわけだが……。


十四世紀に大流行したペストのころのくちばしマスクと感染の予防対策のためにやっていることがたいして変わらないという事実が、いかに人類がウイルスという小さな侵略者に対して無力であるかを物語っているかのようでもあり絶望感も強かったと言える。


それにしても、若い二人はマスク越しに話しているとは思えないほどよく通る声だった。こちらが聞き耳をたてなくても、話している内容がはっきりわかる。二人が近づいてくると、俺はいよいよ恥ずかしい気分になっていた。



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覚悟の自涜 |第1話| 牧原征爾

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