5章-3
検査を終えたわたしは、松永先輩の姿を探そうと三年生の列の方を窺った。しかし、すでに検査を終えて教室に戻ってしまったのか、Yシャツと夏のセーラ服の白い壁が目に眩しいせいか、先輩の姿を見つけることはできなかった。検査をしているのが坂本先生だったら怒鳴り声で一発でわかったのに。
それにしても、どうして坂本先生がわたしたちのクラスの検査を受け持つことになったのだろう?
「ったく、やっぱりスカート丈注意されたわ。石田だったら絶対見逃してくれたのにさ」「わたしも前髪のことでをぐちぐち指摘されたよ……。次の検査の時まで切ってくるように言われちゃったけど、どうしよう。ちゃんと切ってきた方がいいのかな?」「あ、それなら大丈夫だと思うよ。さっき他のクラスの子に聞いたんだけど、坂本のやつ、ここのところ毎週担当するクラスが変わっているんだってさ。だから、来週はまた違うクラスを検査をしているんじゃないかな」「そうなんだ。じゃあ警告は無視しても問題なさそうだね。でも、どうしてそんなたらい回しみたいな面倒なことをしてるんだろう?」「それはやっぱ、あれが原因なんじゃないかな」「あれって何よ?」「ほら、この間の検査の時、松永先輩と言い争いになったじゃないの」「言い争いというか、坂本が一方的にわめいていただけだったけどね」「そのとき、松永先輩の帰り際に坂本先生が『覚えていやがれーっ!』って小物の悪役みたいな捨て台詞吐いたじゃないの。あれがまずかったんじゃないかな」「そっか、坂本のやつ自分が侮辱されたことを根に持っていそうだもんね」「でも、それが原因で体罰なんかしようものなら大事になるから、学校としてはまずい事態になるのを避けるために坂本先生を松永先輩のクラスから遠ざけようとしているんじゃないかな」「なるほど。それはありえるかもね」「でも、たとえそうだったとしても、何でわたしたちがそのとばっちりを受けなきゃなけないわけ? ほんと、ムカつくったらないわよ!」
わたしの後ろを検査を終えたクラスメイトがお喋りをしながら通り過ぎていった。
……本当にそうなんだろうか?
松永先輩とのよけいな衝突を避けるため、坂本先生の検査の担当クラスを変えたという説は、何事も
わたしは坂本先生がどんな先生なのか、詳しく知っているわけではない。もしかすると、生徒に指導という名の暴力を振るうことに無性の喜びを見いだすような人間であるのかもしれない。実際、高圧的なところはその現れだと取れなくないし、以前の服装頭髪検査での松永先輩への対応も、お世辞にも冷静なものとはいいかねた。そこだけを見れば、クラスメイトが語るようなことをする可能性も否定はできないだろう。
だけど、少なくとも体育館を去ろうとした松永先輩を一喝したときの坂本先生の姿には、そういった卑劣さとは無縁の真摯なものを感じた。それだけでわたしには先生のことを信じるに値する存在だと思えたのだ。
先ほどわたしが坂本先生に恐れを感じなかったのは、もしかするとその信頼のせいかもしれない。松永先輩の最大の敵対者であり、今後はわたしの敵にもなるだろう相手を好意的に評価するだなんて、我ながらどうかしているとは思うけど。
ともあれ、松永先輩が見つからない以上、いつまでもこの場に残っていても仕方がない。教室に戻って次の授業の準備をしようと思い、わたしは体育館を後にした。
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