第5話 知念ちゃん、ドンマイン。


【玉里ちゃんに牛乳の代金を貰いました】

(陰原くんが運動音痴かぁ……そんなイメージ無いけどな)

ポワポワと温かい春の渡り廊下、小銭を掌の上で遊ばせながら私はふと思い返します。

【去年の陰原くん:球技大会野球篇】

「ゲハラーホームラン‼」

Powerなスウィングで打球を飛ばす陰原くん。

「ゲハラー、ショート神ブロック‼」

ライナー性の強い打球を腹筋で受け止める陰原くん。

「陰原が野球部のキャッチャー吹き飛ばしたぞ‼」

ロケットのように頭からホームベースへ突入した陰原くん。

【回想終わり】

(いや……動きは少し変だった気が……)

一抹いちまつの不安がよぎったように私の眉間みけんしわが寄ったのを感じる今日この頃です。

そんな昼下がりの平和なひと時の事でした。

「あの‼ 陰原先輩‼」

聞き覚えの無い声が発する聞き覚えのある名字。

「……あ、アレは——‼」

渡り廊下を抜け出し、体育館付近に足を運んだ私が見たものは——、

ジャージ姿で反復横跳びの構えをする陰原くんと、制服がまだ馴染んでない幼さの残る少女の姿でした。

【まさか、先を越された⁉】

【※野勢ちゃん、モノローグ。を参照】

はい。私は想像もしていなかった意外な展開にいささか動揺しています。

「私、一年の知念ハジメって言います‼ 同じ中学でした‼」

「ずっと好きでした‼ 私と付き合ってください‼」

【おほほほほほほー‼】

思春期、垂涎すいぜんの定番青春ラブコメディな雰囲気に、こちらまで頬が紅潮こうちょうしそうです。

「……」

【ゴ、ゴクリ……】

しかして陰原くんはどんな反応を、と。息を飲むひと時。

「……ぼ」

けれど陰原くんが口を開こうとした次の瞬間でした。

「ワンワン‼」

「きゃああああああああ!」

獰猛どうもうな犬の甲高い鳴き声と、更に甲高い聞き覚えのある人物の悲鳴。

「——⁉ 吹向さん⁉ と、犬⁉」

私が居る位置の逆方向から吹向さんが校舎裏に逃げ込むように突入——

「ぁ……いった嗚呼ぁああ⁉」

盛大に転がり込んできたようです。

「「「……」」」

【おー、マイゴット】

幾つかの意味でとても痛々しい展開に、唖然とする陰原くんと一年生の女の子。

一方、私は神様に祈りたくなるほど頭を抱えてしまうような面持ちです。

「ワン! ワンワン‼」

それでも空気を読まない獣と吹向さんは止まってはくれません。

【行かなきゃ‼】

《まだ盛り返せる……唖然としたままの二人が我に返るより早く吹向さんと犬を処理して颯爽さっそうと去れば面白そうな青春古典劇は続いていくに違いない》

私の思考回路が恋愛脳に電流を流しました。

「アレぇ、陰原くん偶然ぐうぜんだね! あ、吹向さん転んだの⁉ 大丈夫⁉ 大変、職員室連れて行かなきゃ‼ ええー犬が入り込んだの、この子も私が保健室に連れていくね‼」

ズザザーっと颯爽さっそうと土煙を上げながら登場する私は通行人Aなのです。

「ついでだから私に任せて‼」

そう慌ててアピールしながら転んでいた吹向さんを素早く抱え上げ、陰原くん達の顔色を伺いつつ、素知らぬご機嫌な笑顔を作って犬ッコロにも手を伸ばしました。

しかし——、

「ウルルルぅ‼」

【まさかのリアルフェイス‼ こっっわっ⁉】

私は犬に好かれた事がありません。そんな私がひるんだ一瞬——

「野勢さん。犬は僕が連れていくよ」

陰原くんが気絶した吹向さんを肩にかつぐ私の横を通り抜け野良犬に手を伸ばしました。

「で、でも——‼」

もちろん、このままじゃダメだと思ったのですが——、

「きゅうぅぅん……」

【この犬‼】

陰原くんは動物に好かれるようです。一転してカワイコぶった野良犬を赤子でも抱くかの如く抱え上げ、死んだ魚の眼でありながら少し微笑んだ陰原くんは犬にほおを舐められます。

そして、思い出したかのように振り返りました。

「一年の知念さん。申し訳ないけど、僕は君をあまり知らないから君の想いは簡単には受け取れない」

「……」

【アイヤ~!】

放たれたハッキリとした拒絶の意思表示、私は心中で感情移入した客観的な悲痛を叫びます。知念ちゃんも、やっぱり悲しそうな顔で少し肩を落としました。

が、しかし——、

「でも、これから先——僕が君を知って、その想いを受け取りたいと思ったなら」

「今度は僕から告白をさせてくれないかな」

沈痛な雰囲気に咲くいささか困り顔の笑顔。

「次の機会があったら話をしよう」

「でも、僕より君を幸せにしてくれる人は沢山居るから、君もちゃんと考えてね」

【な、な、なにこのイケメン‼ 動物保護で三割増し‼】

【目が……目が輝いてやがる‼】

陰原くんは、別人の如くキラキラしていました。

「は、はいぃ……」

それを真正面で受けた知念ちゃんが色濃く赤面するほどの威力です。

「行こうか野勢さん。吹向さんも僕が持とうか?」

「ワンワン‼」

「流石に襲ってきた犬と一緒に持つのは無理か。リヤカーでもあれば……」

【一年の知念ちゃんがキープされました】

【いいえ、陰原くんはストイックなだけです】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る