第29話 生きる意味を求めて(4)

 『飛ぶ鳥を落とす勢い』とは、こういう事を指すのだろう。

 そう思わずにはいられないほど、物事が上手くいっていた。

 先日、晴信に進言した「全ての人は法のもとでは平等であるべき」という意見は、国の治め方と共に『甲州法度之次第』として発令された。

 築城の力も認められ『山本勘助入道道鬼流兵法』と呼ばれている。

 ひとつ成功すると自信がつき、他人の期待を呼び寄せる。

 期待に応えるため努力をし、さらに大きな成功を収める。

 そうやって人は成長するのだと、初めて実感できた。

 この世界に来る前にこの事に気付いていたなら、もっと人生を楽しむことができたかもしれないと、今更ながらに気付く。

「勘助、勘助はいるか?」

 僕を呼ぶ声が聞えた。

 晴信だ。

「勘助、ここにいたか。」

 珍しく、晴信が急いでいる。

「川中島に城を築こうと思う。任せても良いか?」

 川中島に?

「謙信が北条と戦をしている間に、川中島を攻め、信濃を取るぞ!」

 砥石城を攻め落とされ、村上義清が上杉謙信に助けを求めることによって始まった川中島の戦いも、これで4度目になる。

 今までは小競り合いが多かったが、城を築くという事は・・・。

「今度こそ、謙信を倒す!」

 そう宣言した晴信の顔は、強い決意に満ちていた。


 川中島に僕が築いた城は『海津城』と名付けた。

 「城を築く」

 言葉にすれば簡単だが、実行するのには困難が伴う。しかし、これを短期間で成し遂げる武田軍の底力には感服するのがある。

 海津城は千曲川に隣接して築いた要害だ。

 幾重もの堀と塀に囲まれ、建物のほとんどは高い石垣の上に建設した。

 僕の建てた城は全て、守ることを念頭に建てられている。

 民を守り、兵を守り、自分を守ってこその城なのである。

「勘助、この戦はどう見る?」

 海津城の正面に位置する妻女山を見ていた僕に話しかけてきたのは晴信だ。

「さすが軍神と呼ばれることはありますね。」

 『軍神 上杉謙信』

 謙信は世間でそう讃えられていた。

「まさか、こんな早くに帰還してくるとは思わなかったな。」

 北条氏と戦をしていた謙信であるが、晴信の出陣の報を受け、既に信濃に戻ってきたのである。

 この行動の速さは、敵ながら天晴と言わない訳にはいかないだろう。

「勘助、策はあるか?」

 謙信に妻女山に陣取られてしまっているという事は、坂を駆け下りる敵の相手をしなければならない。

 これはどうにも分が悪い。

「謙信を、妻女山からおびき出す必要があります。」

 本隊と別働隊2つ、兵を合計3つに分け、別働隊が謙信に奇襲をかけて退却。

 謙信が追撃してきたところを、本隊ともう片方の別働隊で挟み討ちをする。

 今まで散々試した、おびき出し迎撃するという作戦。

 馬鹿の一つ覚えと言われるかもしれないが、この作戦が今まで試した作戦の中で一番効果があるのと実感している。

 そもそも武将などという者は、負けず嫌いであると相場が決まっている。。

 やられたらやり返せずにはいられない、そんな男たちの集まりだ。そいつらの心理を考えれば、上手くいかない訳がない。

「決まったか、勘助。」

「はい、作戦名は啄木鳥。」

 啄木鳥のように、ちょっと啄いて獲物をおびき出してやる。

「兵に食事を摂るように指示をしろ。食べ終わり次第、夜の間に出撃だ。」


 本隊は海津城から出て、八幡原に陣を引いた。

 上杉軍が妻女山を飛び出してきたところを本隊と別働隊で、挟み撃ちするのに都合が良いからだ。

「夜のうちに準備をするぞ。」

 僕は別働隊を指揮する高坂昌信と馬場信房に声をかけるた。

「今回の作戦は、別働隊が肝となります。決して悟られないよう行動をお願いします。」

 昨日の雨で周辺はぬかるんでいる。明日の朝は気温も高くなり、霧が出るだだろう。

 奇襲には最適の環境が揃っている。

「霧が姿を隠してくれるはずです。音を立てないように注意して、妻女山へ向かって下さい。」

 足の悪い僕は、馬に乗ることができない。

 本来であれば、奇襲や退却といったタイミングが重要な役割は、僕自身が指揮を取りたいところであるが、こればかりは仕方がない。

 昌信も信房も歴戦の武将だ。きっと十分に役割を果たして戻ってきてくれることだろう。

「勘助殿、見送り感謝する。」

 そう言って昌信と信房が出陣したのは、夜も更けた頃だった。

 予想通り、空が白む頃には気温が上昇し、八幡原周辺は濃い霧で包まれた。

 妻女山ではそろそろ奇襲隊と上杉軍の衝突が起こっている頃であろうか。

 この静かな八幡原も、あと少ししたら戦場へと姿を変える。

 奇襲隊が戻ると同時に、本隊と合流。

 追撃してきた上杉軍に対し、鶴翼の陣にて対応。

 上杉軍の足が止まったところに、上杉軍後方に伏せておいた別働隊が突撃する。

 僕は作戦を思い起こした。

 大丈夫。

 作戦は完璧だ。

 北信濃を獲った後、武田信玄はどうするのだったか?織田信長が台頭してくるのはまだ少し後だったと思う。

 武田軍の今後のことも考えておかなければならない。やることは山積みだ。

 戦の最中にこんな気分になるのは、少しし不謹慎なのかもしれないが、自分の行動が何かを変えていく気がして心が踊った。

 偉くなりたかった訳ではない。

 何者でもない自分は、誰かに見つけてほしかっただけなのだ。

 「自分はなんの為に生まれてきたのか?」そんな安っぽい映画の台詞のような言葉が脳裏をよぎった。

 その答えは必要ないだろう。

 それは自分の中にあるのだから。


 馬の嘶き?

 違和感を覚えた僕は、霧の中で目を細め音が聞こえた方向を凝視する。

 何だ?

 かすかに見える影。

 少しづつ大きくなる蹄の音。

「敵兵だ!上杉軍が来たぞ!」

 物見の兵が叫んだ。

 そんな、馬鹿な?!

「突撃するぞ!」

 白手拭いを頭に巻いた武将が、号令と同時に馬を走らす。

 しまった!

 迎撃体制は整っていない。

「誰か!天幕の晴信様に伝えるんだ!」

 くそっ!

 僕じゃ間に合わない。

 動かない足が、これほどまで忌々しく思ったことはない。

 白手拭いを頭に巻いた武将がすぐ横を通過した。

「他には構うな!天幕の晴信を討つことを考えるんだ!」

 僕を一瞥した敵将がそう叫び、天幕に向かって駆け上がる。

「勘助様、ご無事で。」

 足の悪い僕を心配した兵が数人、駆け寄ってきた。

「僕は大丈夫だ!それよりも晴信様を!」

 数人の騎馬が、天幕になだれ込むのが見えた。

 油断した。

 いや、驕っていた。

 いつの間にか自分が凄い人物だと、勘違いしていたんだ。

 僕の軽率な行動が、多くの仲間の犠牲を生んでしまった。

 晴信は大丈夫だろうか?

 史実では、川中島の戦いで武田信玄が命を落とした事になっていない。

 大丈夫、大丈夫なはずだ!

 僕は自分に言い聞かせた。

 天幕を襲撃した武将が、こちらに戻ってくるのが見えた。

「退却だ!武田の別働隊が帰ってくる前に退却するぞ!」

 こちらの策は、全てお見通しというわけか。

「ここは通さない!」

 僕は刀を抜き、白手拭いを頭に巻いた武将の前に立ち塞がった。

 頭で考えるより先に体が動いていた。

 どう考えても無謀な行為だが、心がそうしろと命令したのだ。

「貴様、何者だ?!」

 刀を抜き、馬を止める敵将。

「山本勘助!」

 僕は名乗りを上げた。

「お主が山本勘助か。小癪な策を弄する軍師と聞いている。」

 敵将の目の色が変わった。

「私の名は、上杉謙信。」

 こいつが『軍神』上杉謙信か?!

「武田の勢いの芽は、ここで摘ませてもらう。」

 謙信は馬を走らせ、あっという間に間合いを詰めてきた。

 僕の首筋めがけて振られる刀。

 斬撃を何とか受け止めるが、踏ん張りが効かずバランスを崩してしまった。

 執拗に攻めたてる謙信。

 反撃する隙が見当たらない。

「勘助様!助太刀致す!」

 謙信に斬りかかった味方兵が、次々と目の前で切り捨てられていく。

 やめてくれ。

 これ以上、僕から大切なものを奪わないでくれ。

「覚悟!」

 周りの兵を切り捨てた謙信が、再び僕に向かって馬を駆けさせ、刀を振るう。

 謙信の斬撃を受けた僕の刀が折れ、ゆっくりと回転しながら地面に落ちるのが見えた。

 直後、僕の首から吹き上がる赤い鮮血。

 傷口を両手で押さえるが、出血は治まりそうもなかった。

 背中・腹・腰・胸と、周りの敵兵が次々に僕の体に槍を突き立てる。

 視界は狭まり、どんどん暗くなっていった。

 痛みは感じず、耳の中ではやけに大きく戦の音が響いていた。

 終わりか・・・。

 何と呆気ない。

 欲を言えば、もう少し晴信の人生を見ていたかった。

 もう少しで、僕も何者かになれたかもしれないのに・・・。

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