第28話 生きる意味を求めて(3)
砥石城の敗戦依頼、晴信は変わった。
部下の声を聞き、力でねじ伏せるという戦の仕方を改善しようとしている。
多くの兵を死なせてしまったということが、晴信の意識に変化をもたらしたのだろう。
もともと石高の低い甲斐の国を豊かにするために挙兵した晴信にとって、兵や民を失うという事は想像以上に苦しみを伴うのかもしれない。
「砥石城は真田幸綱殿に当たらせてはいかがでしょうか?」
そう進言したのは、砥石城の敗戦から3年ほど経った日だった。
砥石城での働き以来、僕の地位は上がり、今では晴信へ戦略の進言を許されるまでになっていた。
軍師と言ってもいいだろう。それほどにまで僕は晴信の信頼を厚く感じている。今まで感じたことの無い、期待や崇敬。柄にもなく、この期待に答えようとやる気になってしまっている。
真田幸綱と言う名は聞いたことはないが、年齢的に考えたら、信繁つまり『真田幸村』のおじいちゃんあたりであろうか。
信繁の事を考えると感慨深いものがある。
うまくいけば、信繁の幼少期に会えるかもしれない。会うことがあったら、目一杯可愛がってあげようと思う。
「幸綱を?何故だ?」
晴信が怪訝な顔を向けてきた。
「砥石城にいる矢沢綱頼は、幸綱殿の弟にあたるとの事。利を説けばこちらに寝返らせることも可能かと。」
腕を組んで考える晴信。
「成功するだろうか?」
晴信が尋ねてきた。
「村上氏は劣勢に立たされています。寝返り後の地位さえ約束できれば、勝算は高いかと。」
ふと我に返ると思い出す。
高校生だった自分。
何に対しても無気力で、生への執着さえ無かった。
そんな僕が、空襲に怯え、新選組と戦い、敵討ちに翻弄され、宗教戦争に巻き込まれ、大阪の地を駆け抜け、挙句の果てに傭兵集団を率いた。
はっきりと理解できる自分の居場所。
徐々に自覚できてきた、生きていると感じる瞬間。
もう死んでもいいとは思わない。
この世界で生きていくんだ。
「勘助、笑っているのか?」
晴信の言葉で、僕は我に返った。
「はっはっはっ!余程自信のある策とみた!砥石城攻略は真田幸綱に任せる。勘助も参謀として付いて行け。」
晴信の指示が部屋の中に響き渡った。
砥石城は砥石のような崖に囲まれた小城。その姿は、何回見ようと変わることなく、この眼前にそびえ立つ。
「幸綱殿、手はずは整いましたか?」
「抜かり無く。我らが攻め入ると同時に、綱頼が場内で火を放ち、混乱に乗じて城門を開く手はずになっております。」
手綱を持つ手が震える。
戦の前のこの緊張は、慣れる事など無いのだろうと思う。
「勘助殿は、足が悪いので後から来て下さい。先鋒隊は我ら真田隊が引き受けます。」
幸綱はそう言うと馬を隊の前に進め、編隊の指示を出した。
幸綱の戦略が昌幸によって昇華され、信繁に受け継がれる。
戦略を信繁から教わった僕にとって、この状況を目で見ると言うことは感慨深いあものがあった。
「行くぞ、突撃せよ!」
幸綱の号令で、走り出す真田隊。
砥石城の守備兵は相変わらず、出撃する様子は無い。
咆哮ともとれる声を上げながら突撃する真田隊。
下がって戦況を見ていると、崖の上に待機する砥石城兵の姿が見え隠れするのが分かる。
どこから登ってきても迎撃する事かできるような配置だ。それだけに、場内は手薄になっていることだろう。
爆音と共に城内で火の手が上がった。
火薬を使っているのか?!
効果的だが、修復が大変そうだと考えてしまう。
「勘助様!城門が開きました!」
徐々にであるが、砥石城の城門が開いていくのが見える。
矢沢綱頼か?!
「この機を逃すな!突撃するぞ!」
急がなければ!
守備兵の邪魔が入る前に、砥石城内に入らなければ、皆の苦労が水の泡になってしまう。
崖からの襲撃のため手薄となった城内で、次々と上がる火の手。
城内で上がる悲鳴とも怒号とも取れる声が、城門の外でも聞き取ることができた。
「突撃だ!隊を半分に分け、一隊は城内、もう一隊は幸綱殿の援護に迎え!」
怒涛のごとくなだれ込む自軍。
こうなってしまっては、寡兵である砥石城兵に成す術は無かった。
砥石城の修繕は困難を窮した。
効果的であったとはいえ、場内で火の手を上げたのだから、仕方の無い事ではあるが。
「杉吉様、それはあんまりでございます。」
築城というのやは体力勝負なところがある上、遅々として進まず、戦とは違うストレスを感じる。
そのため、自然と揉め事も多くなるものだ。
今回の言い合いも、そういった類の物だろう。僕は揉めている二人の方へ足を運んだ。
「仕事を変わってやると言っているのだ。有り難く思え。」
どうやら、杉吉という者が自分に充てがわれた仕事が大変な為、身分の低い者の仕事と交換しようとしているようだ。
「私は自分の仕事はやり終え、報告に行くところでございます。それを急に代われなどと・・・。」
実は、このようなトラブルは結構起きている。
明確な法の強制力が無いこの時代は、偉い者が言うことが全てで、弱者は泣き寝入りする事が多いのだ。
「貴様、それでは私がズルをしているように聞こえるではないか!」
実際、ズルをしようとしていたのだろうから仕方がないじゃないかと思うが、これも時代の流れなのだろう。
「撤回して、謝罪をしろ!」
こうなってしまっては収集がつかない。
「何かありましたか?」
僕は飄々とした感じで、ふたりの間に入った。
「か、勘助様。」
杉吉と呼ばれていた男が、明らかに狼狽える。
「何か揉め事のようですが、大丈夫ですか?」
「いや、たった今解決しました。お気になさらなくても大丈夫です。」
杉吉は、急いでその場を後にした。その逃げっぷりは、一目散というのはこういう状態を指すのかと感心するほどだ。
以前より感じていたが、時代を遡れば遡るほど、治安の乱れを感じる。
ある程度の法の整備は成されているのだが、権力の差による『泣き寝入り』が往来しているのが現実だ。
法の基では、誰もが平等で無ければならない。例え身分が高い者であっても、法を犯せば罰せられなければならないのだ。
この武田軍だけでも、そのような制度が作れないものか。悪しき慣習は変えなければ、いい方向へ進んでいく事は無いのだから。
しかし、残念ながら改革を進められるような人材を、周りに見つけることはできない。改革をするには武田軍はまだ若く、未熟だ。
ならば僕が・・・。
そう思い、ひとり苦笑する。
何者でも無かった自分が、そんな大それた事をやるというのか?
全く、どういう心境の変化だ。
しかし今まで感じたことの無い、自分の内面から湧き上がる何かを感じていた。
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