生きる意味を求めて
第26話 生きる意味を求めて(1)
季節が移り変わるのは早い。
つい先日まで暑い日々が続いていたのに、最近は夜が冷えるようになってきた。
『山本勘助』
それが今の僕の名だ。
各地を渡り歩き、戦略や築城などを勉強し、養父である大林勘左衛門の元へに戻ってきたものの、いつの間にか大林家に男子が生まれていたため、離縁され途方に暮れている最中だ。
改めて考えると、なかなか情けない身の上だ。
少し前まで『雑賀孫市』として、一国とは言わないが、それなりの集団を率いていた事を考えると、天と地ほどの差がある。
そもそも山本勘助とは何者なのだろう?
歴史の教科書にも出てこなかったし、戦国武将としてもあまり聞いたことがない。
いや、知ってる人は多いのかもしれないが、僕が歴史に興味を持ち始めたのはもっと後の時代からであって、それ以前の知識はあまり持ち合わせていないのだ。
色黒、低身長。
それだけならまだしも、目は片方見えず、足も片方動かない。
今、山賊にでも襲われたら、間違いなく山本勘助の人生は終わるね。
「はぁ。」
僕は大きな溜息をひとつついた後に、頬を両手で叩き気分を入れ替えるとと、とある陣の見張りに声をかけた。
大林家を出るときに頂いた路銀も心細くなっため、仕官でもしようかと思ってやってきたのだ。
ここは今川家の陣地。
海道一の弓取りと讃えられる『今川義元』が今ここに滞在しているという話だ。
見張りの兵は、僕の風貌を上から下まで睨め回し、面倒臭そうに天幕の方へ歩いていった。
大丈夫だ。
剣も振れる、弓も射れる、銃も扱える、兵法も築城の知識もある。
召し抱えられさえすれば、それなりの働きができるはずだ。
僕は、そう自分を鼓舞しながら見張りを待った。
「義元様がお会いになるそうだ。」
よしっ!いける!
天幕へ歩みを進めながら、僕は心の中で今後の人生をどう過ごそうか思いを巡らせていた。
今川家で武功を立てれば、昇進は間違いないだろう。昇進すれば待遇も良くなり、地方の大名ぐらいにはなれるかもしれない。
結婚して、子供を作るのも良いだろう。
問題は織田信長の動向であるが、信長が頭角を出すまでにはまだ時間がある。
その間に今川家を離れて、東北に勢力を伸ばせば将来は安泰だ。
完璧な僕の人生設計。
未来を知っているという事は、これから起こるリスクを回避する力になるということなのだから。
「志願兵を連れてきました。」
天幕に到着すると、兵士は中に向かって声をかけた。
「入れ。」
天幕の中から聞こえる野太い声。
中に入った僕は、倒れないように注意しながら跪き、一礼してから顔を上げた。
「我軍に加わりたいと申すのは、そなたか?」
今川義元。
今川家というと貴族上がりというイメージがある為、優男が出てくると思っていたが、正面で座っている男はなかなか屈強な体躯をしていた。
「はい。若きより各地を周り、築城や兵法に関して知識を深めてきました。鉄砲術に関しては右に出る者はいないと自負しております。」
僕は自信を持って答えた。
今川義元は東海道への進出の為に戦力が欲しいはず。しかも使い手の少ない鉄砲に関しての知識は、喉から手が出るほど欲しいはず。
「ほほぅ、鉄砲とな。」
よしっ!食い付いた。
「ところで、そなたは目が悪いのか?」
目?今はそんな話は関係ないのでは?
「はい、片目が見えませんが・・・。」
「見たところ、片足も不自由。」
義元が、舐めるように僕を見る。
「色黒で背も小さい。」
大袈裟に天を仰ぐ義元。
「醜い、それにしても醜い。」
何を言っているんだ、こいつは?
「外見など、能力とは関係ないと思われますが?」
義元の態度に腹が立ったが、何とか心を沈め、食い下がる僕。
「ここは天下の今川軍。醜いものなど存在価値さえ無いのだよ。」
頭を金槌で叩かれたような衝撃だった。
理解できない価値観だ。
強者が生き残る。そんな時代ではなかったのか?!
天幕に並んだ武将たちが、いやらしく笑っているのが見えた。
人を見下す、不快な笑みだ。
「何をしておる。この醜き者を我の前から遠ざけろ。」
そう言われ、僕は引きずられるように今川軍の陣を出された。
呆気にとられた僕は、しばらく陣の前に立ち尽くした。
今のは何だったのだろうか?
仕官を願いに来ただけなのに、どうしてこんなにも侮辱されなきゃならないのだ?
雨が降ってきた。
冷たい雨だ。
雨水が頬を伝い、顎から垂れた。
仕官の道は困難を極めた。
路銀は尽き、雨露をすすり雑草を食べて凌いだ時もあった。
しかし、生に執着した。
――まだやれる。僕はまだやれるんだ。
こんな思いは初めてだった。
悔しかった。見返してやりたかった。今までの経験を否定された気がした。
7年。
苦しい浪人生活が7年も続いた。
「山本勘助とは、そなたの事か?」
もうどうして生きているかさえ分からなくなってきた頃、突然話しかけられた。
誰だ?
「我が殿、武田晴信様が会いたいとおっしゃっている。ご同行願えるか?」
武田晴信?
確か、武田信玄の若い頃の名前だ。
「武田・・・晴信様?」
思いもよらないところから出てきた人物なので、思わず名前を口にしてしまった。
「晴信様を知らないのは無理もない。まだ若く、甲斐を統一したばかりだからな。」
使いの人は僕が武田晴信を知らないと思ったのか、そう僕に伝えた。
「聞けば山本勘助殿は兵法のみならず、築城の知識も豊富と聞く。」
色んな所で僕が話して回ったのが耳に入ったのか。
「しかも清和源氏の流れを汲む、駿河源氏の子孫だとか。」
そうなのか?
しかし、この際どうでも良かった。
仕官ができるのであれば、どの様な生い立ちも利用させてもらおう。
武田晴信。
将来、甲斐の虎と称される人物だ。
歴史に名を馳せる名将と共に、時代を駆ける事かできるかもしれない。
僕は心が踊った。
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