第24話 託されたもの(3)

 孫市の葬儀は粛々と行われた。

 規模を小さくし、極力目立たないようにした。どこで間者が見ているか分からない時代だ。警戒し過ぎて悪いという事は無いだろう。

「おい、孫市!」

 これから考えることは山積みだ。

「孫市、聞こえているのか?」

 本願寺討伐を、信長が諦めるとは思えない。

「孫市、返事ぐらいしろ!」

 マサさん事『清正』に肩を捕まれ、反転させられた。

「聞こえてなかったのか?」

 驚いた表情の僕に、清正はそう言った。

 孫市?・・・そうか、僕のことだ。

 先代、雑賀孫市から受け継がれた名前。

 まだこの名前は僕には重すぎる。

 人が簡単に死んでいく。命の意味が軽すぎる時代、それが戦国時代。

 いや、戦国時代に限らず、人の歴史は争いの歴史だ。現代だって世界のどこかで戦争が起こっている。

 保証された明日など、どこにも有りはしない。

 そんな事に今更気付かされるなんて・・・。

「孫市、織田軍の動きだが。」

 清正が神妙な顔つきで話しかけてきた。

「本願寺が織田軍に包囲されてしいるらしい。」

 本願寺での戦は、雑賀衆の活躍もあり、一次的には勝利を納めていたが、孫市が倒れ、雑賀衆が退却すると旗色が悪くなり、ついには織田軍に敗北するに至っていた。

 くそっ!時間は待ってくれないということか。

「本願寺は何て言ってきましたか?」

 先程、早馬が来ていた。きっと本願寺から、何か要請があったのだろう。

「織田軍の包囲網を抜けて、木津川口から本願寺に補給物資を届けろ、だそうだ。どうする?」

 相変わらず、無理難題を言ってくる本願寺に嫌気が差してくる。

 いっその事、突っぱねてしまおうかと本気で思う。

「ちょっと待ってくれ、少し考える。」

 織田信長・・・木津川口の戦い・・・。

 聞いたことがあるぞ!

 たしか・・・織田信長に敵対する武将は・・・足利義昭、毛利輝元、そして上杉謙信。

 そうなると、毛利水軍が出るな。

「清正さん、使者には雑賀衆は補給に向う旨を伝えて、あとは・・・毛利軍の動きも探らせといて下さい。」

 清正はニヤリと笑うと「腕がなるぜ」と言い、雑賀城に戻って行った。

 僕は武器庫に急いだ。

 大量に必要となる武器があるからだ。


 照りつける太陽が水面に反射して、キラキラと輝いて見える。

 カタクチイワシであろうか、船の前方では小魚の群れが跳ねていた。

 やった事はないが、こんな気持ちの良い日は釣りでもしたら楽しいのだろうなと、思いを馳せる。

「今日は暑くなりそうだな。」

 清正がこちらに歩いてきた。

「今回の要請、孫市が請けるとは思わなかった。」

「勝機がなきゃ受けなかったよ。案の定、毛利と上杉が動いたからね。」

 何度も思うが、史実は変えられない。

 ここで織田軍はが敗れることは、変えられることの無い史実。

 そう思うと、出撃も迷う事なく決断できた。

「毛利水軍だ!」

 見張りがそう叫んだ。

 毛利水軍の大船団は圧巻であった。

 近づくにつれその存在感は増し、ついには付近の海域全て毛利水軍に埋め尽くされているのではないかと思えるほどにまでなった。

「貴公らは雑賀衆か?」

 毛利水軍の武将が声をかけてきた。

「そうだ!私が雑賀孫市だ!」

 僕を見た武将は「若いな」と呟き、挨拶もそこそこに姿を消した。

 毛利水軍に比べて、我々雑賀衆の船は小さい。大船の間を素早く移動できるように、あえてこの大きさの船を選んだのであるが、少し見劣りしてしまうのは事実だ。

「失礼な奴だな。」

 清正が不満の色を示した。

「まあ、良いですよ。海上で乱戦となった場合は機動力が必要となります。その事を分からせてやりますよ。」

 僕はそう言うと、開戦の準備をするように皆に伝えた。

 雑賀衆には雑賀衆の戦い方がある。

 我々は武将ではなく、傭兵集団だ。

 いかに被害を出さずに効果的な攻撃をするかが、重要視されるのだ。


 木津川口に近づくにつれ、織田水軍の姿も視認できるようになってきた。織田水軍の数は毛利水軍の半分にも満たないように見える。

 毛利水軍の士気が上がっているのが、後に続く雑賀衆にもよく分かった。

 現在、飛ぶ鳥を落とす勢いの織田軍に対して、自分達が圧倒的優位に立っている現実に心躍るものがあるのであろう。

 こういう時ほど、油断は禁物だ。

 僕は足元を掬われない様に、細心の注意を払って行動しようと心に決めた。

 法螺貝の音が鳴り響いた。

 開戦だ。

 現在の風は、大阪側から沖に向けて吹いている。

 当然のことながら、帆船である我々は風上である木津川口方面には真っ直ぐに進むことはできない。

 少し陸地に沿って風を斜め横から受けながら進む事になるだろう。

 向かい風になるから、少し船足が鈍る・・・か。

「雑賀衆!毛利水軍から少し間を空けるぞ!」

 風に逆らって進む場合は、波を裂きながら進むことになるので、隊列が乱れる。

 小さめの船で来ている我々にとって、味方である毛利水軍の大船にぶつかる事も脅威である事に変わりない。

 それに、こう密集していては、準備してきた武器も使用できなくなってしまう。

「突撃ー!」

 毛利水軍が速度を上げる。

「孫市、どうする?」

 清正が声をかけてきた。

「まずは待機だ。陸地に沿って進むのも手だが、風向きが悪いからこちらの機動力が活かせない。」

「りょーかい。」

 清正は少し不満そうだ。

 すまないな、清正。今は我慢だ。

 今の季節は午前と午後で風向きが変わる。それは陸地と海上の空気で温度差ができるからだ。

 少し待てば、沖から陸地側に風が吹くはず。そうすれば雑賀水軍は戦場を走り抜け、一度北側に進路を取り西に抜けられる。

 毛利水軍と織田水軍がぶつかり合う。

 当然、潮の流れと風向きは織田水軍に味方しているので、毛利水軍の旗色は悪い。

 かろうじて持ちこたえているのは、圧倒的な数の差があるからだろう。

「孫市、毛利軍が押されてるぜ。」

 まだだ!もう少し待つんだ!

 矢が飛び交い、船同士が衝突する。

 一隻、また一隻と毛利軍の大船が沈んでいくのが見える。

 もう少しの我慢だ。

「孫市さん!風向きが変わりました!」

 見張りから声がかかった。

 今だ!全軍突撃!

 僕の指示を受けて、雑賀水軍は一斉に帆を張った。

 力強い風を後ろから受け、ぐんぐんと速度を上げる。

 突然変わった風向きに、毛利水軍・織田水軍共に戸惑っているようだ。

 陸地を側方に見て、左右に分かれている両軍。雑賀水軍は沖側から織田水軍に突撃した。

「焙烙を準備しろ!」

 『焙烙』とは、火薬を詰め込んだ玉。早い話が爆弾だ。導火線に火をつけて直接投げ込んで使用する。

 戦場が海上だと分かった為、急いで大量に作らせたのだ。

 風下に自軍がいる場合は、火がこちらに回ってきてしまうから使用できないが、風向きの変わった今なら思う存分使うことができる。

「側方より敵船団、突撃してきます!」

 織田水軍が悲鳴を上げた。

 横からの風と波、密集した大船。

 脚の速いこの船に対応できるわけがない!

「点火!焙烙を投げ込め!」

 織田水軍の中を走り抜けながら、一斉に焙烙を投げ込んだ。

 直後に轟く爆発音。

「火矢を放て!」

 続けて船体に向かって、火矢の指示を飛ばす。

 次々と炎上する大船。

 火薬を使っているんだ。消火など間に合うものか!

 好機と察したのか、毛利水軍が風上に移動し進軍を始めた。

「火に巻き込まれる前に、北に舵を切れ!」

 僕は雑賀水軍全体に、そう指示を出した。

 ここから一気に進路を変え、西側に抜けなければ、自分達の放った火に巻き込まれてしまうからだ。

「急げ!敵には構うな!」

 雑賀水軍は脚の速い船を揃えている。

 大船の間をすり抜けるように、雑賀水軍は北へと移動を開始した。

 毛利水軍からも放たれた火矢が、織田水軍の延焼を加速させる。

「引け!引くんだ!」

 焼け落ちる織田水軍。

 僅かに残った船が急いで進路を変え、退却し始めた。

「孫市!すげぇじゃねぇか!」

 清正が駆け寄ってきた。

 これで本願寺に補給物資を届ける道が開かれた。

 後は毛利軍のに任せておけばいい。

 僕たちは歓声とともに進路を変え、意気揚々と大阪湾を後にした。

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