託されたもの
第22話 託されたもの(1)
ほのかに漂う硝煙の臭い。
少し遠くで聞こえる爆発音。
顔に当たるヒンヤリとした床の感触。
僕はゆっくりと目を開けた。
「・・・ここは・・・?」
ここは、何処だ?
見慣れない場所だった。
爆発音がする。鉄砲を撃っているのか?
しかし笑い声も聞こえる。戦場では無さそうだ。
僕が目を覚ましたのは、薄暗い木造りの質素な小屋。囲炉裏の横で寝ていたのか。
僕は自分の体を見たが、傷らしきものは見当たらない。
どうやら、また違う誰かになってしまったようだ。
「おう、勘八。起きたか?」
扉を無造作に開け入ってきたのは、若者とも中年とも取れる、年齢不詳の男だった。
「ここは?」
やはり信繁は死んでしまったのだろうか?なにも出来なかった自分に急に腹が立った。
「何だ?寝ぼけてるのか?顔でも洗ってこい。頭が読んでるぞ。」
頭?
大将とか将軍とかじゃなくて、頭?
ヤバい集団じゃなきゃ良いが・・・。
僕はゆっくりと立ち上がり、小屋の外の様子を伺った。
う、眩しい。
思いの外高い位置にあった太陽の眩しさに、一瞬目が眩んだ。
爆発音が響く。
何だ?何が起こっている?
僕は辺りを見回した。
ここは山間に作られた集落のようだ。
ところどころに見張りと思われる男が立ち、周囲を警戒する一方で、その事が日常だと言わんばかりに、女達が作物を収穫し子供達が走り回る。
「勘八、調子はどうだ?また今度、腕比べでもしようや。」
話しかけてきた男は、まだ火縄から煙が上がっている火縄銃を肩にかけていた。
びっくりして銃を凝視していると「変なやつだ。」と肩を竦めて去っていった。
銃の練習をしていたのか?
そういえば「頭が呼んでいる。」と言っていたな。
しかし、集落を見回したが、それらしき屋敷は無い。
質素と言えば聞こえは良いが、集落にある全ての小屋は、どれもしっかりとした造りとは言い難い、掘っ立て小屋だった。
「おぉーい、勘八。早くしろー。」
集落の外れの小屋の前で手を振る一人の男がいる。きっと頭の館とはあれの事だろう。
僕は男が手を振っていた小屋の引き戸をゆっくりと横に引いた。
思いの外、引き戸は軽い力で開いた。
建付けが悪そうな扉であるが、それなりにメンテナンスはしているらしい。
もしかしたら、わざと造りが悪いように見せているのかもしれない。
「おう、勘八。遅かったな。」
小屋の中には数人の男。その中央に座っている男が僕に話しかけてきた。
勘八の記憶から、この物の名前は『雑賀孫市』だと言うことが分かる。
『雑賀孫市』というのは個人の名前では無い。『雑賀衆』と呼ばれる鉄砲集団の頭が代々名乗る名称だ。
僕は孫市の正面に座った。
髷と言うには無造作すぎる髪型に無精髭、胸が半分はだけてしまうのではないかと言うぐらい、だらしなく着た着物。
しかし、鋭い眼光と頬に刻まれた刀傷が、孫市が歴戦の兵士であるという事を物語っていた。
「勘八、仕事だ。」
雑賀衆と言うのは傭兵集団だ。
平たく言えば、依頼された相手を殺して報酬を得る集団だ。
全く恨みの無い人間を金のために殺す。
こういう行為に抵抗が無いわけではないが、どうせ何かを頑張ったところで史実は変えられない。
信繁の件で、それが良く分かった。
どうせ変えられない史実なら、僕が殺さなくても誰かが殺すのであろう。
どうとでもなれ、だ。
「勘八!仕事だろ?」
小屋から出ると、集落の子供たちが話しかけてきた。
「どこに行くんだ?土産買ってきてくれよ。」
勘八には子供がいない。
強いて言えば、集落の子供たちが自分の子供だと思っている。
「土産だぁ?遊びに行くんじゃないんだぞ。」
僕の言葉に、子どもたちは不満顔だ。
「ちょっとで良いんだよ。」
なかなか食い下がらない子供たち。
「分かったよ、気が向いたらな。」
僕は適当にあしらって、仕事の準備のために自宅へと戻った。
千鳥足で帰路へ付く酔っ払いと、すれ違った。
紺色で染め上げた羽織の中には火縄銃が隠してある。
「兄ちゃん達、こんな夜更けに何やってんの?」
くそっ、こんなときに話しかけてくんな。
「これから家に帰るところです。足元がしっかりしていませんが、大丈夫ですか?」
僕は内心悪態を付きながら酔っ払いの対応をする。
「大丈夫、大丈夫。いつもの事だから。」
貧しい暮らしをしている人たちがいる一方で、こいつらのように毎晩贅沢をしている奴らがいる。
これが日本。
生まれながらにして決められている貧富の差。終わることの無い差別。
「行くぞ、ハチ。」
仕事中の僕の呼名は『ハチ』だ。
勘八だから『ハチ』。安易だが間違えがない。
今回の仕事は暗殺だ。
この辺一帯を仕切っている地主と庄屋が結託して、付近の農民を苦しめ、至福を肥やしているらしい。
僕らは庄屋の主人の暗殺を担っている。地主の方は別の雑賀衆の担当らしい。
何となく、雑賀衆っぽく無いな。
ふと、そう思った。
どちらかと言えば・・・そうそう『仕事人』。テレビで見た『必殺仕事人』に近いななどと思ってしまう。
「みんな静かにしろ。」
前を歩く雑賀衆の古株の清正、通称『マサ』の合図で、僕は歩みを止めた。
周囲を警戒しながら身軽な辰吉、通称『タツ』が屋敷内に侵入し、脇戸の閂を外す。
清正と僕は素早く屋敷の敷地に入ると、紺色の手ぬぐいを巻き、顔を隠した。
今回の作戦はシンプルだ。
脇戸から入って屋敷を右に回ると、庄屋の寝室がある。寝室に入る為に庄屋が姿を見せたら茂みに隠れていた僕か辰吉が銃で撃つ。
撃ったらすぐに、清正が確保していた脇戸をくぐって、姿をくらます。
簡潔明瞭で分かりやすい作戦だ。
僕と辰吉は茂みに隠れながら、ゆっくりと進んだ。
幸い庭には沢山の木が植えられていて、隠れる場所には苦労しない。
「ハチさん、私は塀の上に上がります。」
僕か隠れる場所を決めた直後、音もなく辰吉は塀の上に上がった。
対象がどのように現れるかは分からない。
2方向から狙えるようにするのが、雑賀衆のセオリーだった。
来た。庄屋だ。
鼻歌を歌いながら、ご機嫌に寝室に向う庄屋。全く贅沢なご身分だ。
火縄に灯された火が、相手に見えないような角度に調整しながら銃口を庄屋に向けた。
火縄の焼ける臭いが鼻腔を突く。
もう少しこっちに来い、そうすれば引き金が引ける。
爆発音がひとつ鳴った。
僕の銃ではない。辰吉か?!
直後、前のめりに倒れる庄屋。
やったか!
「ハチさん、急ぎましょう。」
塀から飛び降りてきた辰吉が僕の背中を押す。
大丈夫。庄屋はピクリとも動かない。
僕は脇戸に向かって走り出した。
後方で悲鳴が聞えた。騒ぎが大きくなる前に逃げなければ。
「早くしろ、こっちだ。」
清正の声が聞こえた。
脇戸までもう少しだ。
「痛っ!」
何だ?何かに当たった。
嫌な予感がする。
「お、おじちゃん達は誰?」
子供?!
5歳ぐらいの男の子だろうか?
男の子は行灯を持ち、植木の間に尻もちをついていた。
何でこんな所に?!
いや、そんな事はどうでも良い。
目撃者は消さなければ。
僕は銃口を男の子に向かって構えた。
「ひっ!」
男の子の目が大きく開かれた。
撃て!引き金を引くんだ!
「た、助けて・・・。」
早く撃たなきゃ・・・。
僕は指に力を込めた。
ターーーン!
広がりつつある騒ぎの中、爆発音が木霊した。
僕じゃない!
清正の銃口から硝煙が上がった。
男の子の胸が赤く染まっていく。
「早くしろ!逃げるぞ!」
僕は清正に引きずられるようにして、屋敷を後にした。
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