第16話 救いと絶望(3)

 原城とは、島原半島に位置する廃城だ。

 有家監物は攻城戦の際に、幕府九州勢の追撃を警戒、島原半島まで退却をし籠城戦を選択したようだ。

 一揆衆をまとめる能力もさることながら、攻撃から退却への移行・籠城の決断と有家監物の手腕には目を見張るものがあった。歴史に名を残していない武将の中にもこのような名将が埋もれていたのかと、僕は、ただただ驚いていた。

「皆、注目してくれ。」

 原城周辺に幕府軍の姿がないことを確認すると、有家監物がそう声をかけてきた。

 有家監物の後ろには若い男の姿がある。彼ははいったい誰なのだろうか。

「益田四郎時貞様じゃ。」

「有難や、益田様の姿をこの目で拝めるとは・・・。」

 口々に益田という名前を口にする一揆衆達。

 歳は15歳ぐらいだろうか?まだ幼さが残る青年だ。有家監物ほど自信に満ち溢れている訳でもなく、屈強な体をしている訳でもない。

 良くも悪くも「普通」の青年だ。

 ただ明らかに違うのは服装だった。首の周りにはアコーディオンのような飾りを付け、全体的に鮮やかな色のゆったりとした服を身に纏っている。

 まず思い浮かべるのが『ピエロ』。

 いや、動きにくそうなその服装では、ピエロを演じることもできないか。

「皆の者、大儀であった。」

 その声は驚くほど澄んでいて、人を引き付ける魅力があった。

「益田様!」

「時貞様!」

 人々の歓声が響き渡る。

 異常なほどの熱気に包まれる城内。人気・・・いや、むしろ信仰に近いか・・・。

「四郎様。」

「四郎様。」

 ・・・四郎?・・・天草の・・・四郎?!

 天草四郎?!

 ここにきて、僕は重大な事実に気づいた。

 これは、島原の乱だ・・・。


 12月も暮れ差し掛かり、今年も終わろうとしていた。

 九州と言えども、肌寒い日々が続いている。

 原城内には簡易的な住居が設けられ、家族ごとの生活ができていた。

 独り者の僕にも竪穴式住居が一棟当てがわれ、それなりに快適な生活を続けている。

 場内にいる人数は3万人を超え、通常の一揆とは規模も組織も違いすぎた。

 これは既に戦争と言っても、過言ではないだろう。

 籠城をしてから随分経ったが、僕は未だに原城に居座っていた。

 島原の乱は歴史で習ったが、細かい説明があったわけでは無いし、幕末や戦国時代と違ってそれほど興味を持てなかったから、あまり詳しくはない。

 しかし、島原の乱の最後は、天草四郎以下殆どの一揆軍が惨殺されたと、教科書に書かれていたと記憶している。

「幕府軍が来たぞ!鉄砲隊、城壁に並べ!」

 今月に入ってから2回目の襲撃だ。

 自分の命を守るためにも、一刻でも早くこの場を離れなければならないと思う一方で、行くあてが無いのであれば、どこに行っても行き着く先は野垂れ死にのような気がして、この場を離れる踏ん切りがつかないでいた。

「甚太!火薬と弾を持ってこい。」

 有家監物が僕に声をかけた。

 一揆のきっかけを作ったからか、有家監物は僕を自分の近くに置いてくれるようになっていた。

「我々の鉄砲の威力を見せつけてやる。」

 そう言って、有家監物は城壁の上から幕府軍に狙いを定めた。

 島原には鉄砲鍛冶が多く存在し、有家監物をはじめとする浪人衆は原城に多くの鉄砲『天草筒』と火薬を運び込んでいたのだ。

「撃てー!!」

 号令と共に、無数の鉄砲が火を吹いた。

 元来、武士という存在は鉄砲を嫌う。日本刀での一騎打ちが戦いであり、武士の進む道と考えているからだ。

「休むな、第二射撃撃てー!」

 有家監物の声を合図に放たれる銃弾は、確実に幕府軍の数を減らしていった。

 鉄砲の数が多い事が分かると、幕府軍の中には逃げ出す者の姿も見えてきほどだ。

 そもそも信仰という絆で繋がれた一揆軍と、嫌々討伐に来ている幕府軍とは士気の高さが違っていた。

「あの旗印は板倉重昌だな。」

 有家監物は目を細め、城壁近くまで攻め込んできた武将を見てそう言った。

「我々をただの一揆衆と思っている輩に、目にものを見せてやる。」

 片目を閉じ、武将に狙いを定める有家監物。

 辺りに緊張が走った。

 唾を飲む自分の嚥下音がやけに大きく感じ、有家監物の集中力を阻害しないかと心配になるほどだ。

 火薬の弾ける乾いた音がこだました。

 直後、馬に乗っていた一人の武将の兜が弾け、スロモーションのように馬から落ちる。

 歓声とも悲鳴とも取れる声が、あたり一面に充満した。

「甚太、次だ。鉄砲に弾を込めろ!」

 その光景を呆然と見ていた僕に、有家監物は鋭く声をかけた。

「は、はい!」

 急いで鉄砲の準備をする僕。

 しかし、その行為は徒労に終わった。

 幕府軍が退却を始めたのだ。

「や、やったのか。」

 僕は鉄砲を握りしめたまま、その場に座り込んだ。

 両手が汗でぐっしょりと濡れていた。

 いつかは僕も、人を殺める日が来るのだろうか。

 漠然とそんな事を思っていた。


 平和な日本で生きてきた。

 民主主義の名の元に、選挙で選ばれた政治家達が『話し合い』をして今後の方針を決定していく。

 激しい討論は行われるものの、暴力に訴えたりすることは無い政治。

 街は物で溢れ、お金さえ払えば大抵の物が手に入る。

 勉強をして、良い大学に入り、一流企業に就職する。

 準備されたレールに乗る事ができるという幸せ。

 何よりも殺されない世界。

 あぁ、僕は幸せだったのだ。

 今更ながら、そんな事を実感する。

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