第138話 毒牙

 王の部屋に燻っていた炎が、闇に触発され紫に変色し、強風に煽られて勢いを強くする。

 城の頂上付近は、毒気が乱気流をそこらに発生させている。【天候測量フィールサーチ】をこまめに発動させて、常に風の流れを把握しておかないと、【風速操作ウェザーシェル】もまともに働かなそうだった。

 バルコニーに立つ人影が、前進すため僅かに傾くと、強烈な殺気を感じ取った。僕は素早く木の矢を取って一秒に8本の【神の縄綱ホーネットショット】を放つ。放たれた矢は、二本ずつ魔力の紐で結びつき、計4本の魔力の紐が引っかかるとアルテミーナ様の体を基軸にクルクルと回り縛り上げる。

 逃げる様子もなく素直に巻かれた魔王。力を入れる様子も見せず、アルテミーナ様の肌に食い込んだ紐は、紫色の炎で焼かれ、すべての縄が切れた。

 次は【重力の矢グラビティショット】をアルテミーナ様の側に放つ。しかし、大の男でも引きずり込む程の引力を持つ重力場が出現しても、アルテミーナ様の体は不自然に動かない。僕は【重力の矢グラビティショット】を加えて放つ。あえて近くに放った矢は、互いに引き付け合い、融合しては引力を増していく。相手の体が動かないことを確認して、もう一本、もう一本と【重力の矢グラビティショット】を追加していくが、室内にある高価そうな品々が全て吸い込まれていき、立っているのも難しくなって僕が膝をついても、重力場のすぐ近くにいるアルテミーナ様の体は微動だにしない。動いているのは、吸い込まれていく空気が作る風で靡いているものだけだ。

 魔力を駆使して重力に逆らうのが上手い人はいたが、全くの無反応、一歩も動かずに耐えているは初めてみた。相手は怯んでもいないのに、自分のほうが身動きが取れなくなっているなら、【重力の矢グラビティショット】は放たないほうが良い。


「面白い矢の使い方をする」


 魔王は邪悪なオーラを放つ剣で、重力を生む矢を両断した。重力が消えると、引き寄せられていた力から開放される。

 縛るのが無理なら、射抜くよりない。

 次に8本の【神の雷撃ボルトショット】を放つ。四肢に2本ずつ、相手の動きを封じるのが目的で、避けるならその動き方を観察するための牽制の矢になる。

 対象が人なら、ましてや王族なら、いつものように躊躇いを挟んでもいいはずなのに、魔王に取り憑かれたアルテミーナ様は皮膚を変色させ、見た目にも異常さが分かりやすい容姿も然る事ながら、肌をピリつかせる瘴気を放つものだから、戸惑っていられるほど、穏便な解決策を探すほど余裕がなかった。

 アルテミーナ様の体を使う魔王は、誤魔化しながら避ける動作をし、ニヤリと笑って満足そうな顔をしたが、右肩と左太ももに矢は命中している。


「ふっふっ。全くもって容赦がない。いや、気遣っているから、腕や足を狙ってるのか」


 刺さった矢を笑いながら引き抜いて、パキパキと折り捨てる魔王。アルテミーナ様の体は、矢傷をすっかりと治していく。電撃が当たれば、普通は体に麻痺が起こるはずだけど、電気を帯びた体は平然としていて、痺れている様子は見られない。これだと、中途半端に矢を放っても、足止め程度にしかならなさそうだ。


「お前は同情心の強い人間かと思ったが……そうか……お前の中には恐怖に打ち勝つ心の支えがあるようだ。この匂い、強固な友情か、忠誠心か……。面白い……。お前を落とすには、まずはそれらを壊すのが先だな」


 魔王は僕の心の中に居る、大切な人たちを品定めするように、不敵な笑みを浮かべる。いまエリス様のことを思い浮かべたら、僕の支えを狙われそうな気がして、思い出は奥底に隠して、目の前の標的以外、考えないようにした。


「さて、この体。どこまで使えるか、お前で試させてもらおう」


 飛び掛かってくる魔王。牽制に矢を放ったが、両肩を射抜かれても、端から避けるつもりがなかったかのように、そのまま突っ込んでくる。

 魔に染まった剣が横に振られると、ロイド様の腕力を思わせるような威力を見せ、部屋全体が吹き飛んだ。僕は跳んで回り込みながら、足へ4本の矢を放つ。魔王は左足を軸にして、巧みに右足で4本全てを蹴り落とした。


「久しぶりの人間の体、色々と忘れていることがある」


 生物なら、魔物でも多少は動揺を見せるものだが、痛みも感じないのか、素知らぬ顔で両肩から矢を抜く姿は、異様で恐ろしい。


「筋肉を損傷すると、意思とは関係なく、力が末端まで届かなくなる。自分という存在が、現実に影響を及ぼせるのは素晴らしいが、この不便さは、器の中に入る欠点だ」


 他人事のように、物のようにアルテミーナ様の体を観察する魔王。

 これ以上、好き勝手に操らせるのは、どうしたって許せない。早く……早く、この矢を当てなきゃならない。

 矢筒の中の白銀の矢の位置を改めて確認する。一本しかない矢を、どうやったら確実に命中させられるのか、ここにきて分かりやすい方法が見当たらないから、不安が募る。

 僕が失敗したら、誰がアルテミーナ様の呪いを解く? 誰がエリス様を助ける? もう僕がやるしかない。そんなことを考えると、必要以上の焦りが体を強張らせる。


「お前は、そんなちっぽけな矢が私に効くと、本当に思っているのか?」


 心を読まれているような言葉に少し動揺した瞬間、変わり果てたアルテミーナ様の顔が、目の前に現れる。剣の軌道を見定めるより、息遣いや筋肉の収縮、瞳孔の動きを見ていたほうが、相手が何をしようとしているのか分かる。そう思って、辛うじて人間の形を保つアルテミーナ様の右目を見るが、そんな僕の思惑を見透かすように笑う魔王に、背筋が凍る。


「【千本蛇毒ニルドラグ】」


 魔王は剣を振る素振りを見せたが、それは偽りの動作であり、毒々しい光を放つと、全身から針を生み出し、辺り一面に爆散させた。刺さった針は紫色の煙を吐きながら溶けていく。

 僕はバルコニーの方へ下がりながら、【風速操作ウェザーシェル】で嵐のような暴風を一心不乱に巻き起こし、大方の針を外へ吹き飛ばしたが、対処が遅れた一本の針だけが左の足首を掠めた。

 僕は尻もちをついて、すぐに足首を押えた。見ればただの掠り傷だと分かるが、斧で切り落とされたかのような激痛が走り、痛すぎて声が出ない。

 傷から皮膚の中をミミズが這うような痕が伸びる。これは猛毒の症状だ。急激な吐き気やめまいに襲われ、視界が霞む。意識を保っていられるのは、奇しくも毒の入ってきた傷口が痛いおかげだった。こんなものは生物が持てる毒の威力じゃない。


「おいおい。まさか、この程度で根を上げるわけじゃないだろうな」


 容赦なく斬り掛かってくる魔王。僕は転げながら回避するので精一杯だった。

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