第136話 不意 ◇

 舐め腐った騎士王は、左手に槍を持ったまま使わず、空いた片腕で俺の攻撃を尽く受け止めていく。避けるのが上手い奴や、流すのが上手い奴とは何度も出会ってきたが、受け止めるのが上手い奴は、シェイル以外に初めてだ。

 岩をも砕く一撃を、誰が受け止めようと考えるのか。シェイルでさえ、俺の攻撃を真正面から受け止めるのには躊躇するのに、このバケモノは一歩も引かずに受け止め、いつでも串刺しに出来ると言わんばかりに、槍を待機させている。

 いつかは、奴の腕にも限界が来る。意地になって、途中からはあえて右腕で防がせるように殴り続けたが、先に息が上がったのは俺の方だった。

 純粋な筋力だけなら俺の方に利がありそうなのに、図体がデカイ割に繊細な身のこなしや、経験からくる先読みで、常に俺の半歩先を行って、万全に身構えられているから、俺の力任せの拳は受け止められちまう。コイツの無尽蔵は、どうやって成り立っている。得体の知れない魔王なんぞより、コイツの方がよっぽど恐ろしいんじゃねぇのか。


「はぁ……はぁ……。クソが! 舐めてんじゃねぇぞ!」


「それは、こちらのセリフだ。素手で私に勝てると、本気で思っているのか」


 王宮騎士から奪った剣はまだ腰にあるが、一回でも振れば多分折れる。剣スキルが役立つ絶好の機会まで、とっておいた方が良いだろう。大剣があればこんな奴、今すぐにでも真っ二つにしてやるが、今は無い物ねだりしても仕方がない。

 俺は古いセオリーを思い出し、久しぶりに実践していた。それは、対人の接近戦では先にスキルを使った方が負けるという習わしだ。

 接近戦なら、まずは魔力の放出だけで刃を交え、相手の実力を見定める。そして、技術や体力、基礎能力が劣る奴ほど、余裕のない奴ほど手詰まりとなり、先にスキル技に頼り始める。つまり、剣や槍を使う者にとって、スキルを先に使う奴は、「自分はスキルを使わなければ貴方に勝てません」と、一つ降参してるのと同じなのだ。

 怒りに任せて剣を振るっていた頃は、そんなセオリーも忘れていた。忘れても俺が負けるはずないし、俺こそは最強だと思っていたからだ。

 たが、今になって頭が冷え、久しぶりにこの痩せ我慢勝負をしてみると、自分と相手との力量差に嫌と言うほど気づかされる。悔しいが、スキルを使わなきゃ勝てないのは、俺の方だった。


「はぁ……クソッタレが。マジでムカつくぜ、お前……」


 俺は【炎拳打術ヒートパンチャー】を発動させ、拳に炎を纏わせた。

 少しくらい油断してまた腕で防いでくれたら、今度こそその腕ごと吹っ飛ばしてやれたのに、自惚れを見せない騎士王は、ここに来てしっかりと槍を構える。


「行くぞ!」


 魔力を込めたオーバスの槍と、俺の炎の拳がぶつかり合う。年老いたおっさん相手に、筋力で劣るはずはないのに、やはり受け止められる。疎かな型で放つ拳では、力が上手く伝わっていないのだろう。逆にオーバスの槍は、力が目一杯に全身へ伝わるよう、鍛錬に裏付けられた美しい構えになっている。まるで、野生の猿と武術を心得た人間の戦いだ。

 跳び上がり、今度は高くから拳を下ろそうとした。ただ、重力に従って加速し力を増そうとする、我ながら浅い思惑だった。


「な、なんだ!? 何が起きてる!?」


 オーバスが立つ屋根の家のベランダから、親子が現れる。上から叩けば家もろとも潰してしまう。


「チィ……!」


 俺は躊躇して力を解いたが、こちらが出した手を引っ込めても、当然、オーバスの槍は止まらない。俺は切られる覚悟で、曲げた腕に出来る限りの力を入れた。

 オーバスは少し慌てた様子で手首を返し、刃の腹を俺の左腕に当てる。皮膚が裂け、筋肉の繊維が切れ、衝撃は内部にまで響き、骨がミシミシと音を立てる。

 俺の体は吹っ飛び、またどこかの住宅に突っ込んだ。起き上がった俺が真っ先に辺りを見回したのは、住民の安否が気になったから。


「クソッ! さっきから何をごちゃごちゃと考えてやがる! 自分の命がかかってんだぞ! 平民の一人や二人、死んだところで何も困らねぇだろうが!」


 自分でもムカつくくらいに、どうでもいいはずの命が気になる。過度に他人を傷つけることを恐れるのは、幼少期の自分に戻ったようで、尚更ムカつく。かといって、他人の命を知りもせず力を振るっていた、愚かな自分に戻りたいわけでもないから鬱陶しい。

 クソッタレ。こんな不安定な心で、奴に勝てると思ってんのか。

 善人ぶるのはやめろ。多少、誰かを巻き込んだって、知ったことじゃねぇだろうが。


 瓦礫を吹き飛ばしながら、オーバスが目の前に立つ。反撃も間に合わない俺は、後手後手に逃げ回るよりなかった。相手の隙が生まれるまで、今は耐えるよりない。そう分かっているのに……。


「調子乗ってんじゃねぇ!」


 短気な俺は逃げ続ける事に辛抱たまらず、オーバスに殴りかかろうとした。不十分な体勢から放たれる拳を、オーバスは石突きで受け止め、強烈な蹴りを俺の腹部に食らわせた。

 筋肉を硬化させる時間もなく、右の肋骨と内臓が壊れる感触があった。


「ぐっ!?」


 幾つかの家の壁を貫通し、俺は少し開けた道に落ちた。


「クソッタレが……」


 背骨もいってるのか分からないが、起き上がる力が出ない。仰向けに倒れた俺には、ぽっかりと空いた雲の穴から、月明かりが照らしてる。

 こんなことなら、王宮騎士から鎧も奪っておけば良かった。そしたら多少は、受け身も取りやすかっただろうに。

 例の巨体が、大きな影となって月を隠す。高潔ぶった顔が、虫でも見るように俺を見下す。


「二度と連れされぬよう、その右腕を切り落とす」


「やれるもんなら、やってみろ。臆病者」


 月を背負う騎士王は、表情一つ変えることは無い。もう少し、体が回復するまで時間稼ぎするしかない。苦し紛れの悪態だが、それでも、ムカつく奴に言いたい事が言えるのは気分が良い。


「テメェは、上の人間の命令に従うばかりで、自分の気持ち一つ伝えられない臆病者だ。自分一人じゃ、何もできない。親離れできないガキと同じだ。いや、言いたいこと言えねぇんじゃ、奴隷以下だ」


 目にも止まらぬ槍捌きで、俺が寝転がっている直ぐ横に切り傷ができる。威嚇のつもりだろうが、俺はそんなものにビビるタマじゃない。


「はは。鉄仮面にも、譲れないものはあるってか? 騎士としての誇りでも傷ついたか? 勘違いしてるようなら、俺が教えてやるよ! テメェのは騎士道でも何でもねぇ! ましてや忠誠心でもねぇ! 従っていれば楽だから! 責任を負わずに済むから! 王の権威に隠れている、虎の威を借る小人だ!」


 オーバスの顔が珍しく歪む。オーバスの槍捌きには淀みがない。以前の俺と比べれば、コイツが呪いとやらに掛かっていないのは分かる。なら、この国の現状に、多少なりとも不服や不安があって然るべしだ。じゃなきゃ、俺なんかの安い挑発に、騎士王が引っかかるはずもない。


「ふっ。テメェもまだ人間だったか。壊れてるぜ、仮面がよ」


「黙れ」


「おお、怖っ! 騎士王は無抵抗な人間に刃を向けるのかぁ! そりゃそうだよな! 国民の苦しみも顧みず、アホな王の言うことばかり聞く低脳な騎士王は、他人の命なんぞ、これっぽっちも気にはしてないもんなぁ!」


 無言のままオーバスは槍を掲げ、月明かりに晒す。

 ああ、やばい。少し調子に乗りすぎたか。

 空気を切り裂きながら落ちてくる刃は、真っ直ぐ俺の肩に落ちてきた。俺は両手を交差させ、抵抗しようとするが、力が入らない今、こんなものは何の緩衝材にもならない事は分かりきっていた。

 肩が切り落とされる瞬間を待っていたら、俺の上を何かが通り過ぎ、オーバスの懐に突進した。

 舞い落ちる無数の白い羽が、月光に照らされ輝きを見せる。オーバスに突っ込んだそれは、背中に翼を生やしたエリスティーナだった。


「アイツ……!? 馬鹿がっ!」


 自分でも信じられないほど力が湧いた。激痛も知らず、使い物にならなかった足を、何も考えず、がむしゃらに動かした。

 突進の勢いに、石畳みを剥がしながら足で踏ん張るオーバスは、懐にいる人間の首根っこを掴んで、叩きつけようとした。が、掴んだものがエリスティーナの首と知れると、目を丸くして動きが止まる。


「エリスティーナ様……」


「オーバス……もうやめて下さい……」


「テメェの相手は、俺だろうがぁ!」


 エリスティーナを離し、後ろに下がって逃れようとしたオーバスは半歩の遅れを取り、俺は初めて、手応えのある一撃をオーバスの腹に食らわせてやった。


「吹っ飛びやがれ! デカブツがぁああ!」


 奴の体が吹き飛ぶ前に、拳が鎧に当たる今に、ここぞとばかりに魔力を込めて、出来る限りの衝撃を与えた。

 衝撃波で通り過ぎる窓ガラスを全て割りながら、凹んだオーバスは何百メートルと石畳みの道を飛んでいった。

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