第43話 日々
「俺、こいつと一緒ヤダ!」
全ての嫌悪感を包み隠さず伝えるロッカ。子供の純粋な気持ちが鋭利な刃物となって僕の心臓を突き刺す。
「ど、どうしてケイルが嫌なのですか?」
「だってコイツ弱いもん! 何もしないくせに偉そうにしててムカつく!」
「ケイルは弱くはありませんよ。とても強い私の従者です」
「コイツなんかより強い奴なんて他に幾らでもいるだろ!? お……俺だって、将来はコイツより絶対強くなるしな! 俺の方が従者に相応しい男になるぞ!?」
「え……?」
「すみません、聖女様。コイツ、聖女様の事が好きみたいで」
「なっ!? 何言ってんだよ!? 勝手なこと言うな!」
遠慮のない暴露に、ロッカは顔を真っ赤にして父親の足を蹴り続けた。脛を蹴られても「ハッハッハッハッ」と余裕の笑みを浮かべるヤードは屈強な戦士のようだった。これで調理班というのだから、勿体ないと思ってしまう。
「おい、お前! なに笑ってんだ!?」
これまでの悪態に理由が見つかる。この少年は高貴な佇まいのエリス様に一目惚れし、近くにいた僕を目障りに思っていたらしい。つまりは子供の可愛い嫉妬。そう考えると必要以上に毛嫌いされ続けるのもニヤニヤして許してあげられる。
「ううっ!?」
エリス様が膝をついて笑顔で見つめると、ロッカは視線を落とし、緊張した面持ちで口を
「私のようなものに好意を抱いて頂き、ありがとうございます。ロッカ様。どうか、従者のケイルとも仲良くしてあげて下さいね」
「……うん」
ロッカは顔を茹でバグクラブのように赤くして、さっきまでの威勢は何処へやら、小さな、本当に小さな声で頷いた。こうなれば、もう頑是無い子供。微笑ましい限りだ。
「ロッカさんがベッドに寝ると良い。エリス様よろしいでしょうか」
「はい。ロッカ様、どうぞこちらへ」
「え……」
ガチガチになりながらロッカはエリス様と共に一つのベッドに寝る。子供と言えど男の子。好きな女の子が隣で寝てれば、言わずもがな赤面状態になる。
見知らぬ人との同室生活に最初はどうなることかと思ったが、ロッカが性根から悪い子じゃなくて安心した。エリス様に好意を持ってくれる人なら、僕だって歓迎できる。
魔光石に穴の空いた器を被せ、適度な明るさで寝る準備をする。明日からも復旧作業がある。出会って間もなく、僕らは眠ることにした。
エリス様との添い寝から解放されてたので、夜の見回りが出来るようになった。もちろん一緒に寝ることが嫌な訳ではないが、僕はずっと外の様子が気になってしまっていたので、ロッカを身代わりにできたのは好都合と言わざるを得なかった。
3時間ごとに起床して外に出ては【
クロフテリアに住む10万人の顔と名前を覚えるのは不可能だ。一度、懐に入られてしまうと、どんなに視力が有っても、誰が敵なのか判別できなくなる。未然に危険を排除するには、近づいてくる者を警戒するしかなかった。
それから半月。復興計画は淀みなく進み続けた。
ここでの生活は世界中のどの国とも違い、毎日の時間が濃く感じられる。必要な物がないからこそ、充足した行動が求められ、またそれが洗練されていく。常に危険と隣り合わせな日々の中で、人々は懸命にその日を生き抜いている。Sランク冒険者として世界中で冒険をしてきけど、こんなに生きている事を実感する毎日もなかった。
「ケイル、いつもありがとよ!」
「今度俺にも弓の使い方教えてくれよ」
狩猟班では食料調達の功績が認められて、よく声を掛けてもらえるようになった。満足感があるのは、此処に僕を認めてくれる人が多くいるからだろう。過去も経緯も関係なく、自分は此処に居ても良いんだと思える場所が一つでも有ることは、とても幸せなことだと思う。
僕の生活は少し変わった。でも、もっと目覚ましい変化を見せたのはエリス様の人気ぶりだ。
医療班に通いつめて多種多様な不調を訴える多くの人たちを癒やしていくうちに、班の垣根を越えて信頼が日に日に増していった。今では何か問題が起きるたびに主要者会議に呼ばれ、助言を求められている。
これが王の血を継ぐ者のカリスマ性なのかと、勝手に納得してしまった。
オルバーが鉄の矢を製作し続けてくれたおかげで、なんと在庫が千本を超えた。作る毎に品質は向上し、今ではバランスの取れた歪みのない鉄の矢となっている。さらに先端を鋭くすることで、【
「お前、もういいよ」
「え……」
「狩り過ぎだ。今日からは一日500匹までにしろ。後は俺たちでやっからよ」
「でも、僕がやった方が効率が……」
「テメェが全部狩っちまったら後輩が育たねぇんだよ! ボケが!」
「じゃあ、僕は何をすれば……」
「テルストロイの連中が来ないか、見張ってろ」
狩猟班リーダーから活動制限を喰らい、僕の狩猟班としての仕事は、ものの100秒で射ち終わる朝の連射のみとなった。
「またサボってんのか? ザコ従者」
今じゃ殆ど見張り役しか仕事がないのだが、側から見たらただ突っ立ってるようにしか見えないので、いつもロッカから馬鹿にされてしまう。狩猟班では功績が認められても、実際に樹海で魔物と接していない人たちからすれば半信半疑な話でしかない。
「ロッカさんは偉いね。瓦礫運びの毎日手伝いをして」
「お前と違って俺は忙しいんだ。お前と話してる暇なんてねぇんだよ! バーカ!」
「いや、話しかけてきたのはそちらでは……」
傾斜をつける計画は項を奏し、今では複数の100メートル以上の長い鉄板がハシゴのように山に取り付けられ、上から瓦礫を滑らせる事が出来るようになった。この坂は瓦礫撤去のあとも、重たい物をロープで結んで上げ下げ出来る、スロープの役割を果たすことになっている。
坂をつけようと立案したエリス様の見事なアイデアとしか言いようがない。
「変わりはありませんか? ケイル」
「エリス様。はい、今のところは何も不審な点は。医療班の方はよろしいのですか?」
「ケイルが狩りを手伝って下さったおかげで、時間に余裕のできた狩猟班の皆様が、回復薬に必要な薬草を採取できるようになったのです。それで私も治療にあたる時間が少なくなってしまいました。今はあまり、お仕事がございません」
どうやら、エリス様も僕同様にお暇になってしまったらしい。食料問題が解決したことで、クロフテリアのみんなにも余裕が生まれているような感じだ。
「このまま、平穏な時間が長く続くと嬉しいのですが」
「そうですね」
【
「おぉおおい!」
不穏な顔をした住人が大きな声を出してこちらに来る。まぁ、そんなに簡単に平穏が訪れるはずもないと、僕もエリス様も分かっていた。きっと何かのトラブルに違いない。
和んでいた時間はあっという間に消え去ってしまった。
「どうなさいましたか?」
「魔剣が足りなくてダンジョン班の連中が苦戦してんだ。このままだと俺たち、鉄を補充出来なくなるかもしれねぇぞ」
住居以外にも剣や盾、そして僕の矢も鉄で出来ている。ここクロフテリアで鉄は必需品だ。彼らにとって鉄を調達出来ないことは死活問題となる一大事なことだった。
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