第39話 会議2

「メリダ様、食料の消費をなるべく抑えられるメニューはありませんか?」


「ん〜。下処理の手間を惜しまなきゃ、内臓も多少は食べられるね。あとは使う肉の量を減らして、薄めたスープで凌ぐしかない」


「な、内臓……ですか。仕方ありません。モーガン様の狩猟班が十分な量の食料を調達するまでは、それでいきましょう」


 想像力を膨らませたエリス様は難色を示しながらも、料理班長メリダのメニューを承諾した。食べることが好きなエリス様にとっては、苦渋の決断だったかもしれない。


「家を失った住民の皆様についてですが、一人暮らしをしてる方々は同じ部屋に移動して頂き、各部屋は4人〜5人になるように調節。空いた部屋に家族で暮らす方たちを優先的に割り当てていきましょう」


「仕事の空いてる女たちがいるわ。住居整理は私のところに任せて頂戴」


「そうですか。では、これもメリダ様にお願いします。次に鉄資源の調達ですが……」


「ダンジョンに、プレートゴーレムいる。鉄の塊。それ資源になる。でも、普通の剣じゃ、倒せない。魔剣要る。でも、テルストロイ、買いに行けない」


「プレートゴーレムってのが裏手のダンジョンに出現するんだが、なんせ鉄の塊だがら、普通の剣じゃ太刀打ちできねぇんだ。そこで、いつもはテルストロイから魔剣を買って、対処してるんだが……」


「テルストロイと交戦してしまった今、魔剣は手に入らないと」


「ああ……」


 ダンジョン班のバーベルの辿々しい言葉を、オルバーが要約する。つまり、クロフテリアにとって隣国テルストロイは物資調達の貴重な市場でもあった訳か。それを蹴ってまで、僕らを守ろうと戦うことを決めたのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 プレートゴーレムはCランクモンスターに該当する。ダンジョン探索では必ずと言って良いほど、入り口の方で見かける魔物だ。全身に鉄板の鎧を身にまとい、弱点となるのは関節部分の僅かな隙間のみ。倒そうとすれば難敵だが、でも、目覚めるまでが遅いので大概は無視して突っ切ってしまうのが得策とされる。

 火の魔法や腐食の魔法が有効なのだが、クロフテリアの住人はみんな魔法が使えない。確かに、簡単に採取するなら魔法の効果が付与された魔剣は必須と言えるだろう。

 しかしこのローデンスクールを形成する鉄板の山は、全部魔物から採取して出来たものなんだな。継ぎ接ぎだらけの鉄の壁や床を見ると、改めてクロフテリア人の勇ましさが感じ取れる。いったい何万体のプレートゴーレムを倒してきたのやら。というか、それだけ大量に出現するダンジョンって、どんな感じなんだろう。


「オルバー様、破壊された鉄は、再利用することは出来るのでしょうか」


「不純物と溶け合っちまってるようなもんは、使いたくねぇ。再利用出来るのは9割ってところだな」


「どれくらいの鉄が必要になるか、分かりますか?」


「そいつは、破損した鉄を全部の量を確かめねぇと分からねぇよ」


「でしたら、必要な資源の量を把握するためにも、ダンジョンで採取する前に瓦礫撤去の方を優先させるべきでしょう。バーベル様、ダンジョン班の皆様は破損した鉄の回収作業に回って頂けますか」


「了解、だ」


「問題は壊れた鉄をどうやって、製鉄所がある一階まで落とすかだ」


 訓練班のワモンが議題を持ち出す。重い鉄を丁寧に下に降ろしていくのはかなりの重労働だ。放り投げてしまった方が手っ取り早いが、それだと下の階の直す必要のない部分まで傷つけてしまうことになる。どうしたものか。


「傾斜を作ったらどうでしょうか。坂を作れば、そこに瓦礫を滑らせることが出来るはずです」


「予備の鉄板が幾つかある……簡易的なものならすぐに出来そうだな」


「オルバー様、さっそく取り掛かれますか?」


「ああ、やってみよう」


「となりますと、瓦礫撤去の前に傾斜作りが優先されますね。ワモン様とバーベル様は、オルバー様のお手伝いに回ってください」


「ああ、分かった」


「了解、だ」


「あ、あの。治療が必要な患者はどうすればよろしいでしょうか。テルストロイに薬を買い足しにいけないとなると、樹海で採れる魔草で代用するしかないのですが。狩猟班の方に採って来てもらう事は可能でしょうか」


 恐縮しながら手を挙げる医療班のマルク。頑強なクロフテリアの人々でも病気になる人はいる。子供やお年寄りが患者なら、特に体調には気を遣わなければならないが。


「俺たちは構わねぇよ。いつものやつでいいんだよな?」


「はい。アルカナ草さえあれば回復薬の生成ができ……」


「なりません。今は食料調達が優先されますので、魔草の採取は後回しにさせて頂きます」


 モーガンが率先して了承した魔草採取を遮り、エリス様はあっさりと患者を見捨てるような事を言う。


「あ? 後回しだと? それじゃあ病人はどうなる。この際だから見捨てるってか? それが御高名な王女様の采配ってことか? とんだゲス野郎だな」


 モーガンはさらに機嫌を悪くして嫌味を言う。主要者たちの視線がエリス様に集まる。真剣な眼差しを見るに、ここにいる者たちは誰一人として病人を見捨てるつもりはないらしい。

 弱い者を助けるのは強い者の役目。その信念に助けられたエリス様が、彼らの気持ちに気づかないなんて有り得ない筈だが。


「病に苦しまれている方々は、全員私が治療致します」


「「おお〜!」」


 エリス様の言葉に感嘆の声が重なる。男気溢れるエリス様の言葉は、魔法を使えないクロフテリアの人たちからすれば、それはそれは希望に満ちた聖女の声に聞こえた事だろう。


「フン……」


 不服そうな態度を見せるモーガン以外は。


「あの、俺の役割は?」


「「なにもするな」」


 アメルダが挙手して仕事を尋ねたが、主要者の満場一致で領主は確固たる現状維持を言い渡された。彼女が何か問題を起こせば、また仕事が増えることになる。じっとして貰っていた方がみんなの為だった。


「オルバー様、バーベル様、ワモン様は瓦礫撤去用の傾斜を作るところから始めて下さい。メリダ様は食材節約の調理を、モーガン様はケイルと食料調達へ、マルク様は私を患者様のところへ案内してください。皆様の力が揃えば、きっとこの難題も易々と乗り越えられるはずです。気を引き締めて参りましょう」


 仕事のないイジけたアメルダと、終始不機嫌だったモーガン以外の主要人が了承の声をあげ、会議は終了となる。エリス様の理路整然とした振る舞いは見事なものだった。人の上に立つものとしての資質を、既に持ち合わせておられるようにすら感じられる。


「よろしくお願いします。モーガンさん」


 これから共に狩りに行くモーガンに挨拶をしたが、完全に無視されてしまった。新たな援護対象は些か気難しい人となった。


「ではエリス様、行って参ります。何かありましたら、表に出て手を振って下さい。私には見えておりますので」


「分かりました。ありがとう、ケイル」


 僕はエリス様と別れ、モーガンの後をついていく。会話が一切ないのは気まずいが、なんとかこの狩りの最中でわだかまりを払拭できたら嬉しいな。

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